2009年11月21日土曜日

梅太@ 劇場:『イングロリアス・バスターズ』

この記事は 映画に生き、映画に死ぬ人生もいいのかも・・・な 梅太 の名の下にお送りいたします

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●映画は剣よりも強し:『イングロリアス・バスダーズ
監督はクエンティン・タランティーノ。
主演にメラニー・ロラン、ブラット・ピット他。

 クエンティン・タランティーノ最新作。
 最っ高に楽しかった。
 最初から最後までずっと楽しかった。

 賞賛の言葉として、面白いとか素晴らしいとかいろいろあるけれど、これはとにかく”楽しかった”。

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 ストーリーは。
 昔々、ナチ占領下のフランスで、ショシャナ(メラニー・ロラン)は、ナチ軍のランダ大佐とその一味に、家族を惨殺されてしまう。
 何とかショシャナだけは逃れることができたが、その日から彼女は、ナチへの復讐を誓う。
 時と場所を別にして、ナチへの攻撃準備を密かに進める軍があった。アメリカ軍アルド中尉(ブラット・ピット)率いる「バスターズ」だ。順調にナチを嬲り殺していき、ついに、彼らを一掃する好機が訪れる。
 違う時間、違う場所でナチへの復讐を誓った二人の二つの物語が、クライマックスへ向けて絡み合っていく。
 そして迎える結末は・・・・


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 『レザボア・ドッグス』が公開されたのが92年、『パルプ・フィクション』が94年。しかし僕が観たのは比較的最近である。
 この2本を見たとき思ったのは、この面白さをうまく言葉にはできないのだが、もうとにかく面白いとしか言えない!ということだった。
 正直度肝を抜かれたというか、映画の見方が変わったというか。
 だから、それ以降色々と映画の勉強はしてきたが、未だにタランティーノの映画を人に勧めるときは「とりあえず見て」の一言であったりする。

 なぜって、だって、ただただ会話が続くだけなのだ。
 でもその会話の中、徐々に芽を現してくる緊張感、その緊張をあっさりと裏切ってくれるスカし感、でもやっぱり訪れるバイオレンス感。たまらなく楽しい。

 映画には色々の要素があり、それがうまく絡み合って芸術となっていくとはコチラの記事で書いたばかりであるが、彼の作品を観ると、大事なのはやはり脚本と役者であるのだと感じてしまう。(加えて、作者が楽しんでいるかどうか・・・かな)

 脚本と言うと、やはり一番最初に思い浮かぶのはストーリーラインであるが、登場人物の設定というのも、脚本に含まれる。実際に文字や会話としてスクリーンに登場しなくとも、人物のバックボーンがしっかりしていて、且つ役者がそれをしっかりと把握していれば、その役者をカメラに収めただけで、キャラクターのバックボーンが画面からにじみ出てくる。
 それこそが本当の意味で完成された脚本であるではないかと思う。

 そして役者。
 タランティーノ映画を何度も観て飽きないのは、タラちゃん自身が楽しんで作っていることがにじみ出ている部分と、役者が相当楽しんで、ノリノリで演じている部分である。
 今回はもう、ノリノリのブラピが最高であった。
 2章の演説は素晴らしかったし、「ボンジョルノ!」「グラッツェ」とかもう、大爆笑だ。
 
 完成された脚本と、完成された演技。
 そこにカメラを回すだけで、映画と言うのはできるものなのだと、タラちゃんの作品を観ていると、思う。
 (いや、それだけではないことはわかってはいるのですけれど・・・)


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 今作は、恐らく誰もが口にするであろうが、第一章のシークエンスが素晴らしすぎる。
 家宅捜索に来たナチ大佐と農夫の何気ない会話でおよそ20分は続くのであるが(加えて、大佐は「あ~、牛乳おいしいな♪」みたいな感じである)、終始漂っているあの緊迫感といったら。
 観ていて緊張すると同時に、たまらない高揚感で胸が一杯になったのも事実である。
 「こんなん撮れるのか!!!」みたいな。

 このシークエンスは、『パルプ・フィクション』の「Hamburger!!」のシークエンスに似ている。映画界きってのHanburger野郎:サミュエル・L・ジャクソン演じるジュールスが、取立てにやってくるシーンだ。
 僕はこのシーンがものすごく好きなのである。会話の持つ緊張感もそうだし、なんていってもノリノリで演じている

 そしてジュールズ以来の強烈なキャラクターが、今回誕生したわけだ。
 それがランド大佐(クリストフ・ヴァルツ)である。
 一見ふざけていて、親しみやすくて世間話も普通にできる男なのであるが、内にくすぶっている狡猾さが、外面ににじみ出ている。
 オープニングシークエンスで、僕達観客は、農夫がウソをついているのがわかっているから、ランド大佐の一言一言にビクビクさせられる。この先絶対にバイオレンスが待っていると僕達はわかっているのに、大佐は糸を張りつめ緩め、僕達を揺さぶる。
 こんなキャラクターがまだいたのかと、ただただ嬉しくなるばかりだ。


 そして一気に飛んでラストの章、第5章であるが、これもまた素晴らしかった。
 映画は剣よりも強し。
 映画が世界を救う。
  

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 さて、ここでやはり触れておかなければいけないのが、コチラの記事でオススメしていたフランス女優:メラニー・ロランである。
 本作の本当の主人公:ショシャナを演じた、それはもう麗しき女性である。
 今回も反則的に素敵であった。
 その美しさはついに全国区へ・・・

 
 で、このショシャナにまとわりついてきやがるナチの兵士:ツォラーの野郎がうざったらしいのなんの。いや、そのうざったらしい感じを出せたダニエル・ブリュールの演技は素晴らしいけれど、キャラクターが素晴らしくうざったらしかったな。
 最後まで死なないもんなぁ・・・(ってこれネタバレか、失敬)


 あと、今回ロランのスタント役で、タラ映画ではおなじみゾーイ・ベルが出ていたらしい。
 でも今回、ゾーイが活躍するようなスタントシーンってあったかしら。
 次に観にいったときは良く見てみよう。


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 映画と言うのは、やはり安全牌ではいけないのだ。
 「これからどうなるんだ」とか、「一瞬写ったあの人のあの表情はなんだったんだろうな」とか、「あの時の会話には意味があったのかな」とか。
 作る側はどう見せるかを試行錯誤し、見る側もそれを貪欲に浴びる。

 常に驚きと感動と興奮と楽しさと怒りと悲しさと愛しさと切なさと心強さに溢れている。
 それが映画なのだと、つくづく感じさせられる作品であった。


 長くなりましたが最後に。

 『SCREEN』の12月号のタラちゃんのインタビューがすごく印象に残っている。

 「映画を観てはギャーギャー叫んでる”大人ガキ”のままで、僕は満足だよ。」

 僕も満足だ。


 

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