2010年3月13日土曜日

梅太@ 劇場:『プリンセスと魔法のキス』

この記事は 幸せをありがとう・・・と言いたい 梅太 の名の下にお送りいたします

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●星に願う時代は終わった:『プリンセスと魔法のキス
監督はジョン・マスカー、ロン・クレメンツ。
声の出演でアニカ・ノニ・ローズ、ブルーノ・カンボス他。

 ディズニーが久々に、手描きアニメで観客に夢を与えた。
 僕はといえば、もう、号泣でした。
 ディズニー・プリンセスを観て号泣するなんて、いよいよ変態じみてきたけれど、とってもとっても素敵な作品でしたので、もう泣くしかなかった。

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 ストーリーは。
 父と一緒にレストランを開く夢を持つティアナ。
 幼い頃、母からは、グリム童話『カエルと王女』をよく読み聞かされていた。

 時は流れ、父は他界。
 それでも彼女は諦めず、いつかお店を開くために、いくつかの仕事を掛け持ちしながら地道にお金を溜める。

 ある日、幼馴染のパーティーで給仕役を頼まれる。
 依頼料で受け取ったお金と、これまでの貯金を足せば、いよいよお店が持てる。
 意気揚々とパーティーへ出席したティアナだが、目をつけていた土地の管理人から「他に買い手がいるから・・・」と告げられ、意気消沈。

 空を見上げると、子供の頃によく願い事をした、キラキラ輝く星が浮かんでいた。
 「お願い、お願い、お願い・・・・」、バカけているとは思っても、願わずにはいられない。
 そこに、一匹のカエルが現れた。
 「こんな、御伽噺みたいな展開が?」

 そして、カエルとティアナはキスをする。
 それが騒動の全ての始まりで・・・・

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 恐らく、子供の頃と今と、アニメに対しての楽しみ方は違うと思う。
 でも変わらずワクワクしてしまう。
 アニメとは、何故にこんなに人を楽しませるのか。
 ディズニーとは、何故にこんなに人を幸せに出来るのか。

 子供の気持ちに帰って感想を書きたいところではあるけれど、悲しいかなそれはもう無理なので、変態になった大人の視線で書きたいと思う。

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 僕は開始数分で、これはすごい、と思った。

 この作品はディズニーにとっては久しぶりの手描きアニメ映画となったわけで、宣伝でも勿論そこを売りにしていた。
 でも、”ただ”の手描きなら、時間をかければどこでも作れる。
 そこは他とは一線を引いた”ディズニー”の手描きでなければ、ディズニー2Dアニメの完全復古とは言えない筈だ。

 どうなんだろうな、その辺。
 ・・・・という気持ちで望んだが、美事にノックアウトされた。

 4年ほど前だろうか、東京現代美術館にて『ディズニー・アート展』なるものが開催された。
 原画が見れたり等、ファンにとっては涎ものの展示がずらりとあったわけであるが、僕がことさら興味を惹かれたのは、「アニメーションの製作過程」であった。

 アニメは、現実の法則を一切無視しても構わないツールだと、僕は思う。
 特にディズニーが描いていたフェアリーテイルというジャンルは、魔法あり、妖精あり、涙あり(これは違うか)、なんでもござれである。
 ストーリーラインという面で非現実的なものを描きつつも、ディズニーが拘ったのは、人物の動き(骨格から研究)、服の動き、風景の遠近という、とても現実的な要素であったとか。

 その真意はわからないが、僕は「アニメでこんなこともできるんだよ」と、言いたかったのではないかなと思う。
 ディズニーのアニメをつぶさに観察すると確かに、驚きがあり、感動を生む。

 誰かが手で描いた絵が動くというだけで、こんなにも感動できる。
 アニメとはすごいものである。

 閑話休題。

 オープニングは、夜空にきらめく星から、ティアナと幼馴染が、ティアナの母から『カエルと王女』を読んでもらっている部屋へと移っていく。

 この時、驚いた。

 画面手前においてある椅子(?)と、カメラワークの関係。
 これは、ディズニーのクラシックアニメそのままではないか。

 本作の製作人たちは、本当に、”原点に立ち戻ろう”としたのだな。
 そう確信した。
 それは何も、技術的な面だけではない。
 ”手で描いた絵が動く”という、ただそれだけの感動。
 アニメーションと言うものがまだ普及していない時代、ウォルトが人々に与えた驚き。
 それはいったいなんだったのだろう・・・ということを再認識して、あえてCG全盛期のこの時代に、こういう作品に挑んだのだと思う。

 「すげぇ」と、多分呟いていたと思う。
 このシーンだけでも、スタッフ達の熱意が十分に伝わってきて、拍手を送りたくなってしまった。

 以後、ウォルト・ディズニーが作り上げた技術を受け継ぎつつ、新しい挑戦も沢山しているが、”ディズニー”の世界観はまったく持って壊さない。
 往年のファンから新しいファンまで、誰もが楽しめる映像となっていた。
 これこそまさに、温故知新。

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 物語面。

 面白いのが、御伽噺に憧れているのは、主人公ティアナではなく、その幼馴染であるという点。
 勿論ティアナも、「星にお願いをすると夢が叶う」というのを幼少の頃は信じていた。
 しかし父の「星に願うのもいいけれど、君の努力が大切なんだ」という教え・・・の特に後半は、ティアナの成長過程で、彼女の考え方の核をなしていた。

 「願ったってしょうがないでしょ、働いて働いて、お金を溜めないと、私の夢は実現しないの」
という、とっても現実的な考え方をもった大人に、ティアナは成長していた。

 アンチ・フェアリーテイル。
 これまでの、”王子様との出会いをひたすら待つ”プリンセスとはかなり違う主人公だ。

 これは『魔法にかけられて』以降に見られる描き方である。(と、思う)
 もしかしたらディズニーは、今は、
 「昔々あるところに(once upon a time)」から始まり、
 夢見る少女を描きつつ、
 「めでたしめでたし(happily ever after)」で終わる。
 そんな”純粋”な御伽噺を語る時代ではない・・・と、思っているのかもしれない。

 それでも、『魔法にかけられて』も本作も、昔と変わらない楽しさがあった。

 「昔々あるところに(once upon a time)」では始まらない。
 主人公は夢見るだけの少女ではない。
 それでもやはり、「めでたしめでたし(happily ever after)」で終わらせる。

 描き方を変えたとしても、「人々を童心に帰し、夢を与える」というディズニーの根源は変わってないのだな。
 そう思うと、何だかそれだけで嬉しくなった。

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 さて、「クラシック」とか「往年の技術」とか散々騒ぎ立てましたが、僕は別に、懐古主義というわけではない。
 新しい事はどんどん取り入れていけばいいと思うし、何より、新しい事をしないと生き残れない時代でもある。

 でも、変化と進化は違う。

 ウォルトが打ち立てた思想をしっかりと受け継ぎ、”今”にあわせて”進化”しつつ、人々に、いつも変わらず驚きと感動と、何より夢を与え続ける。
 ディズニーが今なお世界中の人に愛されるのは、こういう姿勢があるからだと僕は思う。


 上映が終わり、幕が閉じた瞬間、僕は、控えめではあるけれど拍手をした。
 作品自体の素晴らしさ、スタッフの熱意と労力に対して。
 本当にどうもありがとう。

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 心の底から楽しめた作品。
 是非とも多くの人に観てほしい。
 2010年になり3ヶ月経ちましたが、一番人にオススメしたい作品はこれです。

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