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2010年12月29日水曜日

ゲン@ 2010まとめ:劇場未公開作品 ベスト10

久しぶりの投稿でゴメンナサイ・・・
そこそこ元気にやっております。

今年は劇場公開作品だけではなく、劇場未公開作品もそこそこ観てたので、
劇場公開作の前にまとめてみようかと思います。
(一部、09年DVD発売作品もありますがご勘弁を・・・)

なので、大したアレじゃないのですが、一応ランキングです。

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■10位『ショーツ 魔法の石大作戦』
『スパイ・キッズ』ロバート・ロドリゲス監督のファミリー向けSFアドベンチャー
魔法の石とか宇宙人とか巨大ロボとか、
子どもがワクワクしそうなモノを詰め込んだドタバタコメディだけど、
映像も編集もやたらと拘ってて面白かった
『マチェーテ』とか残虐映画も作りながら、
こういう作品も撮れるロドリゲスの才能のふり幅にはトコトン感心してしまう
脇役で出てるカット・デニングスも素敵♪


■9位『ジョナ・ヘックス』
アメコミ原作のアンチヒーロー西部劇
当初は疑問だったが、劇場未公開も納得
世界観、キャスト、ガジェットは素晴らしいんだけど、
続編のTV編集版を観てるかの如く、展開&編集が最悪だった…
バックをしっかり描いたほうが面白そうな話なのに、
80分で無理やりまとめちゃってる 
監督が下手なのかと調べたら『ホートン』の人だったw 
アレは好きだけど、アクション撮れる人じゃないじゃん… 
主演のジョシュ・ブローリン、敵役のジョン・マルコビッチ共に好演
娼婦役のミーガン・フォックスには特に拍手w
期待してただけにこのデキは残念過ぎる…


■8位『ルーザーズ』
任務中に裏切られた特殊部隊メンバーが復讐に立ち上がる
アメコミ原作のバカアクションでキャラ立ちして面白いんだが、
どこかモノ足りなさを感じてしまうのは、
似た設定の『特攻野郎Aチーム』を観ちゃってるからなんだろうなぁ…
主演のジェフリー・ディーン・モーガンがどっかで観たことあると思ってたけど、
『ウォッチメン』のコメディアンだったw
とは言え『マトリックス』のジョエル・シルバー製作だからアクションの派手さはあるし、
劇場でも十分イケるとは思うので、DVDスルーはちょっと勿体無い
続編作りそうな気がするけど、
次回作やるならPGかけてもエロさとグロさをもっと入れて欲しいなぁw


■7位『マリス・イン・ワンダーランド』
『不思議の国のアリス』を現代のイギリスにアレンジした狂乱ファンタジー
やたらと時間を気にする男、緑のケムリを吐くヤク中、双子のドアマン、
神出鬼没のDJ・・・アリスのキャラが上手く人間に置き換えられてる!
キャラタだけじゃなく、話の展開も地下鉄、草木の生える庭、
マフィアの裁判など見事にアリス的な流れを組み、
徹底してオマージュを奉げてるのが素晴らしい!
アリスじゃないのに、ちゃんとアリスしてる! 
低予算ながらバートン版よりも面白かったかもw


■6位『アドベンチャーランドへようこそ』
80年代を舞台に冴えない青年が遊園地でのバイトで経験する甘酸っぱいダサ青春コメディ
もっとバカ笑いするコメディなのかと思ってたが、意外とシメっぽい青春モノで良作
来年公開『ソーシャル・ネットワーク』で注目されるジェシー・アイゼンバーグの好演が光る
ヒロインのクリステン・スチュワートも『トライワイト』なんかよりずっと魅力的♪ 
鼻が赤くなった泣きっ面が可愛いw


■5位『ROCKER 40歳のロック☆デビュー』
若い頃にデビュー直前でバンドをクビになったドラマーが、再び熱いロック魂を燃やす 
下ネタ多そうなコメディの感じがしてたけどほとんど感じず、
過去を引きずる中年×青春×ロック×コメディで痛快な傑作!
エマ・ストーンがベースってまたツボなポジション♪
脇役のライバルバンドにブラッドリー・クーパー見つけて興奮w


■4位『ブラザーズ・ブルーム』
幼い頃から詐欺師の兄弟が最後の仕事に臨むクライムコメディ
「完璧な嘘は人を幸せにする」と豪語する兄と、騙すことに嫌気が差す弟
エイドリアン・ブロディ、レイチェル・ワイズ、日本からは菊池凛子と充分なキャスト、
何でコレを劇場で公開しなかったんだ!
全くセリフがないのに、ハリウッドのアカデミー賞俳優に囲まれても全く存在感が消えず、
確かなキャラクタを印象付ける菊池凜子が最高!
あの存在感はちょっと神がかってるレベルだと思う
欧州系小規模作品のような異質な場所に不思議と馴染む空気が恐ろしかった

■3位『キューティ・バニー』
お払い箱になったグラビアモデルが、ダメダメ女子大生を磨き上げるコメディ
カット・デニングスとエマ・ストーンってだけで興奮したw
カット・デニングスは相変わらず赤いルージュが似合う♪
序盤のピアスだらけの顔でヤラれたw
エマの声がハスキー過ぎてセクシー♪
基本的にデニングス派だけど、今回はエマの方が良かったかな?
ダサいメガネキャラがツボにハマったw
トム・ハンクスの息子も素敵☆
ブルース・ウィリスとデミ・ムーアの娘:ルーマー・ウィリスの容姿が残念過ぎる!
って話題になってたけど、アレ観る限りは個性的でなかなか面白い女優だと思った
むしろ可愛い要素は十分揃ってる気がする…いや、もしかしてCGか?!


■2位『恋するポルノ・グラフィティ』
「男女の間に友情はあるのか?」という永遠のテーマ
ルームシェアをしている金に困った幼馴染のジリ貧男女が、
二人でポルノ映画を作っちゃおう!っていうラブエロコメディ
最低で下衆な下ネタ連発してるクセに、
実は純愛モノで最後がイイ話に落ち着くのが素晴らしい♪
こういうテイストは絶対に日本じゃ撮れないなぁ☆
脇役のジャスティン・ロングがまさかの斜め上を行く熱演で大爆笑!w
ますます彼が大好きになったw


■1位『ディフェンドー 闇の仕事人』
自らを「闇の守護者」と名乗り、手製の武器で悪党を退治するヒーローコメディ
謳い文句からして笑える作品だと思ったら、『グラン・トリノ』や『レスラー』に近い、
現実社会に居場所を見つけられない男のヒューマンドラマで、
まさかの鼻水垂れ流し大号泣!
主演:ウディ・ハレルソンのバカ熱いキャラに前半で引き込まれてしまい、
後半で明らかになる彼の過去やヒーローに憧れる理由に打ちのめされる
笑ってた男に泣かされるって緩急はタマらなく気持ちがいい♪
カット・デニングスのワルっぽい演技もヤバい!
今まで観た劇場未公開作品の中でも最高傑作!
劇場で観てたら、年間1位になっていたであろう神作品!


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そんな感じですが、興味ある人にしか一切興味が無いランキングでした。

来年も埋もれがちな良作を発掘したいと思います!

2010年9月26日日曜日

梅太@ DVD:『ナイト・ビフォア・ウェディング』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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●”式”は過去を清算する場所:『ナイト・ビフォア・ウェディング
監督:マシュー・コール・ウェイス
出演:エイミー・アダムス 他

 これは謝るしかない。
 思わず唸りました。

 世界中がそのキュートさに魅了されたエイミー・アダムスの出世作『魔法にかけられて』で、当然ながら彼女の名前は全国的に知れ渡りましたが、そのネームバリューを利用してタイミング良く輸入・販売された本作。
 日本未公開作品。
 どうしよう、どうしようと結構悩みまして(少なくとも1年半は悩んでますね)、やっと手に取りました。

 パッケージも邦題も、全然魅力的でなかったのですが、これはごめんなさい、素晴らしかったです。


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 ストーリーとしては。
 明日、結婚を迎えようというマイケル(アダム・ガルシア)とエリース(エイミー・アダムス)。
 前夜祭ということで、学生時代の友人が二人の家に集合し、てんやわんやの大騒ぎ。
 しかし、実はこの仲間達の関係は複雑で、一つ屋根の下、すんなり一夜を明かせるわけも無く・・・

▼▼▼▼▼▼

 ナイト・ビフォア・ウェディング。
 結婚前夜。

 式の為に集まった学生時代の仲間達は、現在は各々自分の道を歩んでいるが、どこかあの時代のことを意識してしまっている。

 あの時代の出来事がトラウマになってしまっている者もいる。
 トラウマを与えてしまい、それがずっと気がかりであった者もいる。
 あの時代の恋愛から先に勧めない者もいる。
 あの時代から関係を続け、自分たちもそろそろ結婚を考える者もいる。
 その結婚へしっかりした返事を出来ない者もいる。
 そして、明日結婚を迎える者もいるが、二人にはまだ共有できていない秘密がある。

 明日は結婚式というめでたい日であるのに、何とも慌しいメンバーであるが、式が近づくにつれ、各々過去を清算していく。

 思えば人生の中で、”式”と呼ばれるものは沢山ある。
 入学式、卒業式、成人式、結婚式、入社式、退社式。

 人間は、あるタイミングでこれまでの過去を振り返り、一度ピリオドを打つことが必要であると思う。
 経験してきた全てを常時意識するのは不可能で、縛られていては、まだまだ続くこの先の人生に100%の力で挑むことは出来ない。
 だから、ある節目で、ピリオドを打つ。
 あとで思い返すのは個人の自由としても、一度終わりを告げ心の整理をつけることは、必要なことであると思う。

 式、というものは、それをある意味強制的に行わせてくれる行事であると思う。
 精神的なところでね。
 社会的な位置づけというところでは、式の意味合いは違うかもしれないけれど。


▼▼▼▼▼▼


 「明日は式で、せっかく皆集まるのだから、何かしらの決着を」
 として集まった仲間達が、焦り、悩む姿が描かれる中盤まではとてもコミカルで面白く、そして各々のピリオドが描かれる終盤は、意外な程にサラっと描く。

 ピリオドを打った結果、それが自分にとって必ずしもハッピーエンドというわけでない人もある。
 それでも、学生時代から続いた彼らの慌しい関係に、一つの節目が出来たわけだ。

 ここまでも十分に面白かったのだけれど、この後、僕が唸ったラストが待っている。
 そこには、御伽噺で描かれる結婚式とは別の形の素晴らしさがあった。
 現実は、Happily ever after.ではないのだ。
 結婚をすれば、彼らにはピリオドのその先が待っている。
 仲間達にも、各々の人生が待っている。 

 その”始まり”を予感させるラストの描き方は、拍手したいくらいであった。
 実際したけど。



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 過去を清算する。そして新たな生活へ望む。
 というところでは、エイミー・アダムスと、愛すべきエミリー・ブラントが共演した『サンシャイン・クリーニング』に似ているところもありますね。

 ハトに、花輪を贈りたい相手の名前だけ告げれば間違いなく届けられるということを教えてくれた『魔法にかけられて』以来、エイミー・アダムスの出演作は新旧問わずチェックしています。
 暫定、『ジュリー&ジュリア』が圧倒的に1位で、次点が『魔法にかけられて』であるけれど、その次に位置づけてもいいくらい、良い作品でした。

 ちなみに原題は『Standing Still』。
 静止状態、とか、バランスをとっている、という意味になるみたいです。
 登場人物たちの関係を表していていいですね。
 でも今回は『ナイト・ビフォア・ウェディング』でも、十分意味は通じる気がしました。

 「色使いとか枠の描き方とか、思いっきり『魔法にかけられて』を意識してるやんけ!!」という感じのパッケージに渋っていた人は、そのお気持ちは十分お察し致しますが、是非手にとって欲しいと思います。


2010年8月22日日曜日

梅太@ DVD:『俺達チアリーダー』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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 今日は日本未公開(DVDスルー)映画の紹介。


●スポ根、恋愛、王道展開の気持ちよさ:『俺達チアリーダー
監督:ウィル・グラック
出演:ニコラス・ダゴスト、エリック・クリスチャン・オルセン、サラ・ローマー



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 ストーリーは。

 高校のアメフトチームのモテモテスーパースターの二人組み:ショーンとニック。
 もう校内の美女は喰い尽くしてしまった(?)彼らは、ある日「チアキャンプ」の噂を耳にする。
 そこはもちろん、チア・リーダー達がこぞって集まる合宿の場所。
 そこに眼をつけた彼らは、自校のチア・リーダー部に付き添って、チア・キャンプへと赴くが・・・

▼▼▼▼▼▼

 素晴らしいのは主人公二人組み:ショーンとニックのコンビネーション。
 特に映えるのが会話のテンポで、返しの巧みさ・面白さの絶妙なコンビネーションは、まるで曲にあわせたチアのパフォーマンスを見ているみたいで。
 そんな軽快なテンポを保ったまま、気持ちよく最後まで突っ走る映画です。

 『俺達~』系で、未公開で。
 パッケージからしてもおバカ映画な括りをされてしまっている映画ですが、これは”単なる”おバカ映画ではなく、”極限に”おバカな映画なわけであるけれど、実は青春スポ根、恋愛映画としても王道を貫いていて、実によろし。

 チアキャンプでは最終日に競技会があるのですが、そこで強敵チームを打ち負かそうと励む姿が熱くさせてくれたり、ショーンがアタックするも無関心であったヒロイン:カーリーが、徐々に絆されていく姿は、定番であるが故に素晴らしい。(ツンデレというやつか?)

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 一つ、嬉しくも哀愁漂うシーン。

 チア・キャンプの、夜の野外映画上映があるのですが、そこで流れている映画が、キルスティン・ダンスト(以下K.D.)主演『チアーズ!』なのです。
 『チアーズ!』は、チア・リーダーを真摯に描いた最初で最後の作品だと僕は思います(2や3が製作されたりもしましたが)。
 なので、チアに青春を費やす人々が集まるこのチア・キャンプで流すには、まさにベストチョイス。
 キャンプに参加している人全員が、劇中の印象的な台詞を暗記しているというのも面白かったです。
 バイブル的な扱いなのでしょうか。

 こんなところでK.D.に逢えると思ってなかったのでその嬉しさでいっぱいでしたが、反面「そうか、『チアーズ!』も”こういう”使われ方をするようになったのか・・・」と、時代の流れを感じてしまいました。

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 オススメ未公開作品の一本です。

 オマケで、本作予告編




 と、

 DVD販売に合わせた秀逸な宣伝VTRをご紹介。



 「女をオトす、7つのルール」と題し、劇中のナンパシーンをセレクトした動画。
 アメリカは、コメディ映画に対して真剣ですよね。
 どこまでも笑わせよう、楽しませようという姿勢が見えて、大好きです。

 ちなみに本作の監督:ウィル・グラッグの最新作は、先日『ゾンビランド』(傑作!)にて、極めて遅すぎる日本でのスクリーンデビューを果たした、日本未公開映画界のアイドル的存在:エマ・ストーン主演の『Easy A』です。
 恐らくこれも未公開になるのだろうなぁ。
 でもそんなエマ・ストーンを、僕は今後も追っていきます。

↓↓↓予告編↓↓↓





 間違えました、いや間違えては無いけれど、以下本家予告編。


↓↓↓予告編↓↓↓




 話が逸れました。

2010年5月30日日曜日

梅太@ DVD:『BRICK ブリック』

この記事は その映像に思わずゾッとさせられた 梅太 の名の下にお送りいたします

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●少女の死に纏わる、謎の記号:『BRICK』
監督は、ライアン・ジョンソン。
出演は、恋を夢見る男性の代弁役:ジョセフ・ゴードン=レビット。(以下、JGL)

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 ストーリーは。

 オープニング。
 トンネルの入り口で、少女の死体を眺める青年:ブレンダン。
 場面はいきなり、その事件の二日前に切り替わる。
 そこからは記号に次ぐ記号、少女の死に纏わる様々な記号が一気に登場する。
 BRICK、PIN、TUG、矢印の描かれた煙草、腕輪・・・・

 一つ一つの単語の意味を読み取り、それらの意味を徐々に繋げていく。
 少女の死、たどり着いた真相は・・・?

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 本作は、『ブラザーズ・ブルーム』(最後に紹介)の監督:ライアン・ジョンソンの長編初監督作品。
 『500日のサマー』で、下手したらデシャネルよりも萌え要素の強かったJGL主演。

↓↓↓ 予告編 ↓↓↓


 予告編を見る限りだと、もっと深遠なミステリーの印象を受けたのだけれど、真相は現実的。

 ただ、冒頭を見せられてしまうと、アイテムの一つ一つ、画面の隅々まで、何か記号があるのではないか・・・?と思わされてしまう。
 ラストで真相が明かされた後も、自分なりの想像でいくらでも深く深く掘り下げることが出来る。
逆に、読み取らないとただのクライム・サスペンスとなってしまう。

 かなり隙が無い。
 あるいは隙があったとしても、それを感じさせない。
 この辺は、『ブラザーズ・ブルーム』を作るだけのことはあるなと思った。

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 僕が何より好きだったのは、作品全体に漂う、強烈でゾクっとしてしまうけれど、不思議と綺麗に思える、色、雰囲気。
 何故だか惹き付けられるその魅力に支えられ、110分があっと言う間に過ぎてしまった感じだ。

 先述した通り、真相は大したことないのだが、それだけで片付けられない魅力がある。

 恐らくはフィルム・ノワールというジャンルに分類されるであろう本作。
 まだそのジャンルを研究したことがない自分の頭をグルグルと回してみると、『ブラック・ダリア』に行き着いた。

 『ブラック・ダリア』は、観た後ちょっとブルーになってしまったのだけれど、鑑賞中は不思議と惹き付けられたことを良く覚えている。
 本作は、あの感触に似ていたことに気付く。

 このジャンル、ちょっと手を出してみたくなった。


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 ちなみに本作のJGLには、一切萌え要素はありません。
 しかし相変わらずの優男っぷりは堪らない。

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 さて、本作を観たきっかけとして。

 今週末6/4は、いよいよ『ブラザーズ・ブルーム』という日本未公開作品のDVDが発売になります。
 2010年2月からレンタルが開始されましたが、このとき発売の情報は一切無く。
 「まさかレンタルスルーか?」と不安になりましたが、4ヶ月遅れてやっとDVD発売です。
 (最近は、レンタルスルーが十分にありえる。『ぼくたちの奉仕活動』とか)

 ずっとチェックしていた作品で、2月当時は発売される保証もなかったため、即レンタルしましたが・・・

 2010年度、未公開作品No.1は、『ブラザーズ・ブルーム』で恐らく確定です!

 今年は未公開作品を多くチェックしていて、年末にランキングにしてご紹介しようと思っていますが、ダントツで面白いです。
 その気になる内容は、DVD発売後にご紹介いたします。

 「こんな作品、誰が作ったん!?」と調べ、『BRICK』に行き着いた。
 フィルム・ノワールに手を出してみるか・・・とキッカケを与えてくれたことに感謝したい。

2010年5月19日水曜日

梅太@ DVD:『ファンボーイズ』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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A short time ago in the Yurakucho, far? far? away.

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 1999年7月。

 あの日のことを思い出してしまった。

 中学生が活動するにはまだ早すぎる時間、確か5時台であったと思う。
 流石に、家の人は誰も起きていなかった、そんな時間。
 僕は家を出発し、210円の切符を買い、有楽町へ足を向けた。

 当時の僕は、根っからのファンと言うわけではなかった。
 しかし何故だろう、そこまでしてしまう何かを、あの日には感じていたのだと思う。(フォースか?)

▼▼▼▼▼▼

 チケットを買い、劇場に入る。
 そこにはすでに多くの人が並んでいた。

 パンフを買い、読んで、談笑している人。
 自前のライトセーバーで、誰かと戦っている人。(+それを撮るTV局のカメラ)

 なんだかすごい空間に来てしまったな。
 そう思った。

 そして、僕の、”ファン”というものに対する認識が誤っていたことに気付いた。
 これだけ早い時間に出たのに、初回には入れないとのことだ。

 仕方なく、次回の列に並ぶことになった。

 この作品、上映時間が長い。
 始まってから2時間以上も、ロビーで待たされることになった。

 流石に睡魔が襲ってくる。
 僕は体育座りの格好で寝た。
 当時は中学生だったので、体育座りなんて慣れっ子だ。
 今はもう、腰が痛くて、耐えられない。
 耐えられないといえば、列の前の人が、ものすごく汗臭かったことを覚えている。

 ・・・・暫し仮眠・・・・

▼▼▼▼▼▼

 初回上映終了後。
 鳴り止まない拍手。
 しかし流石は日本人、係員の指示があれば、律儀に劇場から出て行く。
 (出て行かない人もいる。なぜなら当時、完全入れ替え制は普及していなかったからだ)
 そして、”僕達”の番がやってくる。

 映し出される20世紀フォックスのロゴ。
 ルーカスフィルム(Ltd)のロゴ。
 沸き起こる拍手。
 そして、テーマ曲の、最初の一音。
 鳴り止まない拍手。

 133分の上映がスタートした。

▼▼▼▼▼▼


 上映が終了した。
 僕は席を立たず、そのまま座っていた。
 もう一度観たいと、思ったからだ。

 繰り返すが、僕は当時、根っからのファンと言うわけではなかった。
 しかし何故だろう、そこまでしてしまう何かを、あの日には感じていたのだと思う。(フォースか?)

 劇場を出る頃には、もう太陽は昇りきっていた。
 待ち時間を含めれば、400分以上はあの劇場にいたわけだから、当たり前だ。
 体は疲れていた。
 でも心は、なんだか晴れ晴れしていた。

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 正直に言おう、僕は今でも、根っからのファンと言うわけではない。
 ”そこそこ好き”レベルだ。
 (そんなこと言いつつ、エピソード3は先々行上映に行ったわけだが)

 だが、今は思う。
 あの”体験”は、僕の映画人生においても、かなり貴重なものであったと。
 そして、今は確信している。
 映画はその作品の出来も勿論であるが、それ以上に、”映画鑑賞”はその前後を含めた一連の”体験”であるということを。

 「駄作だったら?」
 関係ないね。

  
▼▼▼▼▼▼

 1999年7月。
 その4年と10ヵ月後。
 僕は本格的に、映画にハマり始める。
 そしてその6年後の今。
 映画は、僕にとって掛け替えの無いものとなっている。

 May the Movie be with me.


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 ラスト、エピソード1の上映初日のシーンを観て、僕は上記した様なことを思い出し、涙が止まらなかった。

 というわけで、『ファンボーイズ』は絶賛発売中。
 品切れ故配送が送れ、今日やっと届きました。

 スターウォーズファンじゃなくても、是非観てほしい。
 スターウォーズファンなら、これ観て泣け。

2010年2月11日木曜日

梅太@ Blu-ray:『Pride and Prejudice』(US輸入盤、邦題:『プライドと偏見』)

この記事は Blu-rayの醍醐味を味わった気がする 梅太 の名の下にお送りいたします

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 日本では'06年に公開された、ジョー・ライト監督の長編処女作:『プライドと偏見』。
 この作品は、ロマンス部門では僕の中の一位です。
 (『(500日)のサマー』に抜かされそうな・・・イーブンかな)

 Blu-rayというと、近年のアクションやSF等、CGをバリバリに使った作品を味わうのに適してると思われます。
 しかしジョー・ライトのように、画や音を美しく撮る(録る)監督の作品は、綺麗さがより際立ち、お家鑑賞での感動を増してくれます。
 もっとも、劇場鑑賞にはやはり勝てませんけれど。

 しかし日本ではBlu-ray盤が販売される気配が無いので、ちょっと輸入盤を買ってみました。

 以下、内容にも触れていきますが、映像や音のグレードアップについての文が多くなるかもしれません。

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 とりあえず、『UNIVERSAL』のロゴが綺麗過ぎました。
 いや、それはいいか。

 この作品は日の出のシーンから始まります。
 静かな田園に、日の光が差し込んでくる。
 バックに流れるピアノの旋律と、鳥の囀りが重なり、溜息が出るほど美しいシーンです。
 劇場で観たときも綺麗だと思いましたし、DVDでも十分綺麗でしたが、Blu-rayはザラザラ感が無くなり、鮮明になっていたように思います。特に音が。


 夜のシーン。
 お家での鑑賞だと、TVの発色によるところもありますが、どうしても暗くなりがちです。
 19世紀を舞台にした作品というのもあります。電灯のような照明がありませんので。
 しかしAQUOSとPS3をHDMIという運命の糸(ケーブル)で繋ぐと、わずかな明かりで浮かび上がるキーラ・ナイトレイの顔立ちの、なんとも美しいことか。

 昼のシーン。
 太陽の明かりを、これほど活かしきった作品も近年無いだろうと思います。
 暖かみを存分に感じられます。
 衣装の白や薄い青などがよく映えます。

 さて、輸入盤Blu-rayを買ってまで是非とも観たかったシーン。
 恐らく観た人みんなの脳裏に焼きつくシーンだと思われます。

↓↓↓コチラ↓↓↓

 


 作品中盤、エリザベスが叔父家族と一緒にダービシャーへ旅行する。
 その道中の高原で、エリザベスが切り立った崖に佇むシーンです。

 このシーンの綺麗さ。『タッチ』の主題歌ではありませんが、思わず息をするのを忘れました。
 すぐにDVD版に入れ替えて比較してみましたが、全然違います。
 大げさに言うと、草の一本一本まで鮮明に写されていますし、岩の傷一つ一つがくっきりしています。
 控えめに言うと、ザラつきが無くなり、発色も綺麗になり、草の一本一本・・・いや、同じこと言うのはやめましょう。
 また影がはっきりしたおかげで奥行きが感じられ、ものすごく迫力のある映像となっていました。
 劇場で大スクリーンに映し出されたときの感動には敵いませんが、これはこれでまた違った迫力があります。

 ちなみに舞台は、ピーク・ディストリクトという広大な高原地帯だそうです。
 実写です実写。
 ごめんなさい、正直言って、『アバター』はこれの足元に及ばないと思います。僕は。
 2Dで、実写でこんな画が取れるなら3Dはいらないのでは?
 そう感じさせるほど迫力のあるシーンです。

 またジョー・ライトのニクい演出が、このシーンに移行する直前は、ナイトレイの超クロースアップという、とても窮屈な画が写されるのですよね。
 窮屈から一気に開放されることで、この高原の広大さがより引き立っています。

 このシーンをこういった形で観れたというだけでも、わざわざ輸入盤を買った価値はあると感じさせてくれました。
 読み込みが若干遅いのが玉に傷ですけれど。

▼▼▼▼▼▼

 さて、上記シーンを主軸にして、作品解説を少々させて頂きたいと思います。



 この作品は、19世紀の女流作家:ジェーン・オースティンの長編小説を映画化したもの。
 一目見たときからなんとなく気にはなっていたものの、上流階級の男の持つ自負、片田舎に住む女の誤解・偏見が、二人の恋の障害となっていくという作品です。

 作品中盤に向かうにつれて、エリザベス(キーラ・ナイトレイ)とダーシー(マシュー・マクファディン)の関係は拗れていきます。
 それはエリザベスの家族に対するダーシーの行いが誤解されたり、周りの人から聞いた悪い噂によるものです。
 しかしダーシーが渡した一通の手紙には、それらが全て間違っていたことが告白されてしまいます。
 だがいきなり全ての真実を知らされたエリザベスは、何を信じていいのか困惑してしまう。
 
 上記シーンへは、そんなエリザベスを外に連れ出そうと叔父家族が旅行を提案したところから繋がっていきます。

 作品を観ていると、このシーンを境にして、エリザベスの心境が変化します。
 旅行中、ダーシーの屋敷へ訪問をすることになるのですが、そこでのダーシーとの会話は、ぎこちなくはありますがこれまでの毒は抜けているように思います。

 このシーンを読み取る鍵として、俵万智の短歌を挙げさせていただきます。
 「今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海」

 自然の持つ広大さ、力強さを目の前にすると、僕達はなんてちっぽけなんだ・・・と思うことがあります。
 世界はこんなに広いのに、こんな小さなことで悩むなんて・・・

 広大な景色を目にすることで、エリザベスは「人に対する偏見なんて、何てバカらしいんだ」と、そう感じたのではないでしょうか。
 このシーンの直前の超クロースアップ(凝り固まった偏見の念)から高原へ一気に開放される(偏見なんてバカらしい)という流れは、そういった意味合いがあるのではないかと感じます。

 『高慢と偏見』とは巧く言ったもので、人と関わっていく上でこの二つは必ず付いて回ります。
 気をつけよう気をつけようと思っても、無意識のうちにそういった考えは生まれてしまうものです。
 そんなときは、エリザベスがそうしたように、外に目を向けてみましょう。
 何も、わざわざイギリスへ行けというわけではありません。
 いつでも僕達の頭上に広がっている空を眺めてみてもいい。
 ちょっと海へ行ってみてもいい、山へ行ってみてもいい。
 島国に生まれた日本人は幸せで、ちょっと移動すればそれがある。
 内に生まれてしまった思いに悩まされたら、外へ外へ。

 そうするとある日突然、苦手だった相手の、良い所が見えてくるかもしれません。

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 さて、僕のロマンス部門No.1の作品にもかかわらず、ロマンスなお話は一つも出てこなかった今回の記事。
 それはまたの機会にいたしましょう。

 Blu-ray買ってよかったです。

2009年8月29日土曜日

梅太@ DVD:『イエスマン/YESは人生のパスワード』

この記事は 初見で気付かなかった自分を恥じてます・・・な 梅太 の名の下にお送りいたします

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 えぇっと、今日の記事はかなりぶっ壊れますので、ご了承ください。
 読みたい人だけ読んで・・・・

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 8/26に発売になりました『イエスマン/YESは人生のパスワード』のDVD。
 
 さて、この作品。
 ジム・キャリー久々の純コメディということで、かなり楽しめた作品でありましたが、今回DVDを鑑賞して、思ったことがある。

 これは、デシャネルファンの為の作品ではないのか!?

 僕は、『銀河ヒッチハイクガイド』で彼女に惚れて、出演作は色々漁っていました。
 といっても調べてみますと、日本ではDVDすら発売されて無い作品が多く、僕はそろそろリージョン・フリーのDVDプレイヤーでも買おうかと思ってます。
 この作品とほぼ同時期に公開された『Gigantic』(コチラで紹介)も、日本で公開されるかどうか・・・。
 ただ、『500days of summer』(コチラで紹介)は、来年早々に公開されるようなので、もう非常に楽しみ。

 話を戻しまして。

 初見(感想はコチラ)でも、あまりのキュートさにノックアウトされてましたが、今回2度目の鑑賞を終えると、もう、デシャネルファンの為に作品を作ったとしか思えない!!

 以下、画像と共に、その溢れんばかりの、というよりむしろ溢れているカワイさを紹介していきたいと思います。

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●登場
 アリソン(デシャネル)の登場は、上映開始から少し経ってから。
 つまりデシャネルファンにとっては、永遠とも感じられる時間をすごさねばならないわけである。

 カール(ジム・キャリー)は、友人の勧めで「YESMAN」セミナーへ出かける。
 そこで、「全てのことに対して"YES"と言う」という誓いを立てさせられたカールは、会場を出てると早速実践の場に恵まれる。

 ホームレス:
 車に乗せてくれ → イエス
 電話貸してくれ → イエス
 金貸してくれ → イエス

 これで、携帯の電池は切れるわ、車はガス欠するわ。
 徒歩でガソリンスタンドへ赴いたカールは、そこでアリソンと出会うわけである。

このヘルメットが似合うのは、世界でデシャネルしかいないでしょう







 「じゃ、車まで送るわ」と、アリソン。
 道中、運転しながら写真を撮ってしまったりもする。




say, cheese!




 無事、車まで着くことができた二人。
 「もう大丈夫?」とアリソン。
 「大丈夫、ついでにキスしてくれたらもっといいんだけど」とカール。

そんな、すごくうらやましい展開がこの世に存在するとは・・・







●ミュンヒハウゼン症候群

 ある日、カールが立ち寄ったライブハウス。
 そこでは、インディーズバンドのライブが行われていた。

 宇宙系バンド:ミュンヒハウゼン症候群。(完璧だ・・・このネーミング)

 そこでボーカルとして登場したのは・・・・なんとアリソンであった。






良い。良い。こんなのデシャネルしかできないよ・・



 


 そしてこのシーンに拍車をかけるのが、ファンの皆々様。


このローカル具合、たまらないです。







 ライブが終了。
 カウンターで再開するカールとアリソン。
 「一杯どう?」とカール。
 「私は飲まないの」とアリソン。がっかりするカール。しかし、
 「スクーターまで送ってくれる?」



それはもう・・・送りますとも。






●コスプレパーティー

 上司:ノーマン(この人もまた、良い味出してるんだ)に、コスプレパーティーに誘われたカール。
 せっかくだからと、アリソンも誘う。
 何のコスプレ?
 ワーナーで、魔法で・・・・・そう、ハリーポッター!



本家(エマ・ワトソン)を超えた!






●行き当たりばったり旅行

 さて、良いカンジの仲になってきた二人は、「今ちょうど乗れる飛行機に乗る」という旅行を実行する。
 空港でカールを待つアリソンの元へ、後ろから迫ってきた男は・・・そう、カール。
 カールはアリソンを抱きかかえ、受付へ。

 
彼女は手荷物です。






 旅行先、クレー射撃をする二人。
 初めてのアリソンは、戸惑いながらも銃を構える。
 


命中!





 命中して興奮するアリソンは、銃を振り回す。
 当然避ける、周りの人々。



そんな天然っぷりもツボ。





 突然の雨に見舞われ、近くの建物に非難する二人。
 そこへ、アリソンの突然の告白。

 「愛しちゃったみたい。前から好きだったけど、今、愛に変わったわ」
 そして抱き合う二人。

この、直角三角形な体制も、ツボ。








●ラスト

 


もはや、何も言うことは無い。







▼▼▼▼▼▼

 DVD販売は、それに乗じて様々なキャンペーンが催されたりします。
 例えば、監督、主演俳優の関連作品。
 ジャンルとしての関連作品。
 こういうキャンペーンは、見識を広げる意味でも、僕は結構活用していたりします。

 さて、このイエスマン。
 どんなキャンペーンが組まれていたかと言うと・・・・

 こんなのとか
 こんなのとか

 思わず、ウマイ!と唸ってしまいました。
 本編を観た人なら、分かると思います。



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 と、デシャネル中心でお送りした今回の感想。
 ただこれは、あくまで僕のデシャネル論でありますので、各自で自論を持てば良いと思います。


 ・・・・いや、そこを言いたいわけではなくて。

 コメディとして満点の出来ですし、なんだか元気も貰える作品であります。
 笑って笑って、そして萌えて。
 そんな、今年オススメの一本でございます。
 是非。

2009年5月10日日曜日

梅太@ DVD:『キミに逢えたら』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 日本国内ではDVDスルーされた、原題は『NICK and NORAH's infinite playlist』という作品。
 そしてDVD発売となっても、流行らす気は一切感じられない邦題をつけられてしまった作品。

 監督はピーター・ソレット。
 主演に人気上昇中の若手二人、マイケル・セラとカット・デニングス。

 予告編はチェックしていたのですが、そのときは特に注目せず。
 しかし先月観た『チャーリーバートレットの男子トイレ相談室』でカット・デニングスに惚れ、そのノリで、そう、本当にノリでDVDを買ってしまいました。

 いやいや、公開されないなんて勿体無い。これ。

 ストーリーとしては・・・
 元カノ:トリスのことが忘れられない主人公:ニック(セラ)は、別れたあともトリスに自作(自選曲)のCDを送りつづけていた。
 しかしトリスは聞かずにゴミ箱へポイ。
 そのCDを、偶然にもゴミ箱から拾い上げたノラ(デニングス)は、逢ったこともないCDの作成者に、いつのまにか心を奪われる。
 ある夜、ニックのバンドがライブを開催。偶然会場に居合わせたノラ。
 こうして二人は出会うのだが・・・

 物語は、ニックとノラが出会った一夜の出来事。
 僕はこういう、”一夜の”とかに弱くて。
 長い期間の駆け引き、それで実る恋も、嫌いかといわれればNoですけどね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 はい、ではここから少し壊れます。

 カット・デニングス!
 もう、素敵!
 awesome:)

 デニングスの名演技(梅太目線)が光る、こんな一場面をご紹介。 

 ニックとノラが出会うライブ会場で、ノラはトリスに「あれ、連れはいないの?」と聞かれます。
 「いるよ」と強がるノラ。本当はいない。
 でも引くに引けず、近くにいたニック(このときはお互いのことを知らない)を捕まえ、「緊急事態だから話を合わせて・・・」と耳打ちし、「これが彼氏」とトリスに言う。
 ここでニックは、トリスの元カレだから、関係が徐々にこじれて・・・となるわけです。

 前置きはよくて、ここでニックにかけるノラの言葉がね。
 
 「いきなりで悪いけど、彼氏になって。5分でいいから」
 
 それはもう、なるしかないでしょうが。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて、気を取り直して。
 いくらカット・デニングスが素敵だと言っても、それだけでは秀作足りえない。
 (いや、それだけでも十分秀作ではあるわけですが。僕としては)

 これから紹介する二つの場面が、秀作たるその要因。

●I wanna hold your hand

 ニックとノラは良い関係になってくるのですが、やはりニックはトリスのことが心に引っかかり、ウジウジしている。
 本当にこれで良いのだろうか・・・と。
 そこでバンド仲間が、ビートルズを持ち出して、こういう事を言う。

 「彼らはセックスより痛みより、歌うべきものを知っていた。
  『抱きしめたい(I wanna hold your hand)』だ。これってすごくないか?
  手を握れ。24時間絶倫とか、100年続く結婚なんて必要ない。やさしく手を握れば十分さ」

 この”手を握る”伏線は、最後にしっかり回収されて、もう本当に素晴らしい作品に出来上がってしまいました。

●ラストシーン
 ラストシーンは、ニックとノラのキスで終わるのですが、そのシーンが良すぎる。
 エスカレータでキスし、画面からフェードアウトしていくというこのシーン。
 考えた監督、天才だろう。



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 うん、マイケル・セラも素晴らしいのですよ。
 シャイで一途なティーンをやらせたら、今現在勝てる人はいないでしょうね。
 
 ラブロマンスというものは、ロマンティックな筋書きと、ロマンティックなシーンが無ければ面白くない。
 でも監督はそういう部分を良く分かっていて、しっかり作り上げていたように感じます。

 こういう作品が、普通に日本で公開される日が、いつか来てくれないだろうかと、切に願います。
 
 あぁでもそうか。
 10代の飲酒とかを描いているから、公開されないのかな。
 という冷静な判断。

2009年5月5日火曜日

梅太@ DVD:『プラダを着た悪魔』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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 先日、高専時代の後輩に会いました。
 この後輩は、実は会社では先輩で、よく分からない関係ではありますが、高専時代、映画に関して一番語り合えた人物でもあります。

 彼の中では最近、アン・ハサウェイがお気に入りらしく、その流れで『プラダを着た悪魔』の話に。
 僕は、あの作品ではエミリー・ブラントの方が気に入っていたので、その事を言ったら、

 後輩 「先輩ミーハーですね」
 僕 「馬鹿言え!君、何回見た?」
 後輩 「2回ですかね」
 僕 「よし、もう一回観ると魅力がわかるよ」

 なんていう会話をしていました。
 この後輩は、女優トークが出来る貴重な人材であります。
 思い返せばエミリー・ブラウニングなりダコタ・ファニングなど、沢山話しましたなぁ。

 そんなこんなで久々に『プラダを着た悪魔』を鑑賞。
 ものすごく簡単に、ツボにはまったシーンをご紹介。

ミランダ登場シーン
 メリル・ストリープ扮するミランダの登場シーン。
 エミリー・ブラントの「Oh my GOD. No, no, no!!!」から、曲がかかり、会社中大騒ぎになり、エレベータが開いてミランダが登場するまで。
 このシーンはもう、素晴らしすぎます。

 エレベータが開くまでストリープの顔を写さないというのも、溜めがあってよろし。

 ちなみにこの作品では「お洒落は足元から」の精神にのっとり、女性を写すときは足→腰→顔というカット割がしてあったりします。
 オープニングシーンなんかでは顕著ですね。
 
「Hot STABA!!」
 ミランダはコーヒーを好みます。
 なのでスタバのコーヒーを、ミランダがくる前に準備しておくのが秘書のお仕事。
 でもまだ仕事に慣れないアンディ(ハサウェイ)に、朝早くに電話が・・・。

 そこで発する先輩エミリーの一言「Hot STABA!」

 この台詞がどうこうというわけでなく、単純に、言い方が好きなだけ。

「Wish me luck」「No, Shan't」
 大失態を起こしてしまったアンディは、ミランダの怒りを買い、ムリな要求を受ける。
 ここで頭がてんやわんやになってしまったアンディは、慌てながらも行動を開始し、会社を出る。

 去り際、先輩秘書エミリーに「Wish me luck(成功するよう祈ってて)」というアンディ。
 そしてエミリーは「No, Shan't(お断りよ)」。

 これも、台詞がどうこうというわけではなく、単純に、言い方が好きなだけ。

 でも「Wish me luck!」って、良い表現だなと思います。

「彼らが発明した物は美術品より偉大だ。日々、身にまとうものだから」
 ファッションにいまいち興味のもてないアンディに、ナイジェル(スタンリー・トゥッチ)が放つ一言。

 僕はファッションに重きを置いた事がない人生を送ってきたので、この一言は「あぁなるほど、そういう見方もあるか」と思った。

 美術屋さんがこのコメントに対してどういう思いを抱くかは知りませんが、確かに服は日々纏うもの、美術品よりも身近に存在するものである。
 そういうものにプライドを持って取り組んでいるファッション業界の人々に対して、一瞬ではあるが尊敬の念を沸かせるような、素敵な一言であると感じました。

 

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 後輩に言われたので、アン・ハサウェイを見返すつもりが、やはりエミリー・ブラントは素敵だという結論に至ってしまった今回の鑑賞。
 ただこの後輩との関係は、今後も大切にしていきたいなと思いました。

2009年1月17日土曜日

梅太@ DVD:『007 カジノロワイヤル』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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 1/24に007シリーズ最新作『慰めの報酬』が公開します。
 最新作は異例の続編モノであり、復習という事で前作『カジノロワイヤル』を観ました。

 この『カジノロワイヤル』は、”ボンドが「00」として一人前になるまで”を描きます。

 ”最初を描く”系の映画は珍しくないですけれど、前20作から、色々な意味で一新したかったのでしょう。
 新ボンドなり、秘密兵器があまり登場しないなり。ポーカーをひたすら魅せるなり。
 今までにない描写が沢山ありました。

 また、アクションも荒々しい肉弾戦が多く、迫力満点。

 しかし!

 この作品の見せ場は、上映開始58分から始まります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

見せ場①:
 ヴェスパー(エヴァ・グリーン)の登場シーン。

 vesper「I'm the money(私が資金係よ)」
 Bond「Every penny of it(ハハ、いやはや輝いているね)」 (字幕はもっとしっかりしてます)

 このシーンでの二人のやりとりからして、僕はニヤリとしてしまいます。

見せ場②:
 ポーカーのシーンで、ボンドは、ヴェスパーに対してこんな策略を提案します。

 ・セクシーなドレスをきてポーカー会場に登場
 ・僕のところへきてキスをする
 ・みんな見惚れて、ポーカーに集中できない

 さて、実際のところみんなはポーカーに集中していて(大金がかかってますから)、ヴェスパーに見惚れているのはボンド一人(あ、あと僕)。
 それ、ありえない。
 そこは見惚れておけ!男として!

 でもボンドに協力しているマティスは、ヴェスパーを見てこう言います。

 「I suppose I don't have to tell you. How beautiful you look.(言うだけヤボだが、実に美しい)」

 マティス、あなたはわかっていらっしゃる。


見せ場③:
 見事ポーカーに勝利したボンドは、ヴェスパーと祝杯を挙げます。
 そこで頼むのはおなじみマティーニです。
 ヴェスパー・マティーニとはこの時名づけられたもの。

 Bond「You know, I think I'll call that a "Vesper"(これは”ヴェスパー”と名づけよう)」
 vesper「Because of the bitter aftertaste?(後味が苦いから?)」
 Bond「No. Because once you've taste it, that's all you want to drink.(いや、一度飲むと、他のものは味わえないからさ)」
 うん。僕もそう思う。
 こういう台詞言ってみたいですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 つまりは、エヴァ・グリーンが見せ場だということですね。はい。



 真面目な話をしましょう。

 金髪で青い瞳のボンド、荒々しい肉弾戦、敵のワナにすべてひっかかる確かに、これまでのボンドっぽくはありません。
 しかし本作のテーマは、先ほども書きましたが”ボンドが「00」として一人前になるまで”です。
 もっと言えば、ボンドが"ボンド"になるまでのお話です。

 だから、ラストシーンで「My name is Bond, James Bond」といってみせることで、「あ、ボンド誕生だ!」となるわけです。
 これで”ボンド”になったんだ!と。
 殺しのライセンスを持ったエージェントの冷酷な目つきは、とてもカッコイイです。

 この台詞をラストに配置した脚本家さん。素晴らしいです。拍手です。


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 エヴァ・グリーンを褒め称える記事になってしまいましたが、最後は真面目に書きました。
 ボンドの誕生譚だからこそ出来たこと、誕生譚だからこそ光る演出に満ち溢れてると思います。

 1/17。『慰めの報酬』先行上映にいってきました。
 その前に『カジノロワイヤル』を見ておいたほうが、人物関係がわかると思うので見ておくことをオススメします。

ぼやき:
 最近こういう記事増えてきたなぁ。いいのかな。
 いやでも、女性は愛でるものでしょ?
 ボンドを見習おう。


 

2008年12月22日月曜日

梅太@ DVD:『ダークナイト』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 さて、08年を象徴するこの作品。
 劇場で観たときは、ラストシーンの強さに潰されそうになった。(そう、”強さ”という言葉が良く似合う)
 DVDを観て、改めて考えてみる。この作品の強さは、どこから来るのだろう。

 と、前フリをしておきながら、少し脱線を。

 ~~~ すべては計算のうちなのか? ジョーカーの行動 ~~~

 本作のジョーカーには、「狂っている」という言葉が良く似合う。
 予告編を見る限りでも、その狂い様が気持ちよくて爽快であった。
 しかし初めて本編を見ると、「彼は本当に狂っているのか?」と、ふと思った。
 外見の狂い様とは違い、彼の言動・行動は実によく計画されている。理に適っている。
  
 ジョーカーの楽しみは唯一つ。「人が、そして世界が狂っていくのをみる。」
 彼は、銃創に弾を込めているだけなのだ。引き金を引くかどうかは、その人・その世界次第。
 でも銃の点検は怠らない。
 どのように整備すれば、弾詰まりを起こさずに対象のど真ん中を撃ち抜けるのかを、ジョーカーは知っている。

 では何故、狂ったような振る舞いをしているのか。
 きっと、”狂う”というのも計算の内であるからだと思う。

 それは、説得力というのにも少し似ている。
 例えばプレゼンをするとき、内容は同等として、スーツを着てしっかりと話している人と、ダボダボのシャツを着て発表している人、どちらが説得力があるだろうか。

 ジョーカーの場合もそう。
 人を狂わせるのであれば、自分が狂っていたほうが説得力がある。
 メイク・外装・話し方。どれもメチャクチャなのだけれど、彼の持つ唯一無二の楽しみと、行動信念。
 彼を目の前にして、狂わないほうがおかしいのだ。

 ジョーカーはすごい。


 ここから今日語りたいこと。


 ~~~ なぜ、リアルに徹したのか ~~~

 今年を象徴するアクションものとして、この作品と『スピードレーサー』が挙げられると思う(※梅太基準)。
 『スピードレーサー』はオールCG。そして『ダークナイト』は実物を用いたリアルさ。
 手法は違えど、共通項は”徹底していること”。だからどちらも大好き。

 前作『ビギンズ』では、まだどこかにファンタジー色というか、コミカルなところが伺えた。
 ウェインタワー(だっけ?)とか、CGで描くモノレールとか。

 なぜCG全盛期の中、続編である『ダークナイト』は実物を使用することに徹底したのか。
 実物を用いた迫力。重み。そう、この作品は、アクションに重みがある。
 視覚的にも音響的にも、そして役者陣の殺陣にも。
 でもなにも、そういう迫力を持たせるためだけに、リアルに拘ったはずはない。

 やはり、それは前節でも少し触れたけれど”説得力”を持たせるためだと思う。 
 何に説得力を持たせるかといえば、それはテーマに、である。

 「英雄として死ぬか、悪として生き残るか」

 気高い精神を見せ付けるか。泥にまみれても、構わず意地で生き続けるか。
 この選択は、今後のバットマンの運命を示唆する重要なものである。
 ブルースがどちらを選ぼうが、そのチョイスについて、観客が納得できるだけの何かが必要である。

 その何かが、”現実の重み”。これがなければ、ラストが生きてこない。
 それこそが、実物に拘った理由であると思う。

 あのラストは、それ以前の2時間20分で見せ付けた、徹底的な現実感があってこそ。
 だから、ラストが重い。重いのだ。
 鳥肌が立つほど、そして思わず涙ぐむほど素晴らしいのだ。

 ハーヴィ・デントがあんなことになってしまう。ジョーカーに感化され、デントが人知れず犯した罪は重い。
 でもデントが掲げた精神や生粋さは、ゴッサムに、そしてゴッサムの町民たちの心に光を差し込む。
 彼は、犯罪者であってはいけないのだ。ゴッサムを照らすためには。

 「私が背負う。私はヒーローではないから」

 痺れた。このシーンには本当に痺れた。
 ゴードン警部は言う。

 「彼は街に必要な人間だ。でも今は”時”が違う」

 ダメ押し。ここでも痺れた。
 人の才能というものは不憫なもので、例えば素晴らしい芸術作品を作り上げても、生きている間は評価されないこともある。
 それは”時”が違うから。周りが必要としていないから。
 そういうことを全部含めたゴードンの素晴らしい台詞。

 それでは、ブルースに救いはないの?
 いや、それは違う。ブルースは幸せものである。

 ゴードン警部の息子は言う。「彼は悪くないのに」。泣いた。
 そしてレイチェルの本心が記された手紙を、ブルースに渡さずに燃やすアルフレッド。その優しさ。泣いた。


 もう、この作品すごいよ。



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 と、色々なことを考えてしまった本作。

 悲しきかな。映画は一度上映が終わると、スクリーンで拝めることは滅多にない。
 もう一度、観たい。劇場で。大スクリーンで。あの迫力を味わいたい。

 シネコンなんて、夜は客が入らないじゃないか。特に地方のシネコンは。(現在、佐賀に住む僕が言うのだから、間違いはない)
 リクエストを募って、こういう作品を上映すればいいのではないか。
 余程稼げると思うけど。

 上で述べたような細かいことは置いておいて、ただただ迫力に酔うのももちろんアリ。

 トラクターがワイヤーで吊られて縦転するところなんて、意味なく「ヨッシャ!」と思ったし。
 病院の爆破シーンもそう。
 バットポット出撃シーンなんて、燃えた燃えた。

 何と言っても一番好きなのが、ジョーカーのパーティー会場襲撃シーン。



 警察のお偉いさんと、判事のおばさん、パーティー会場のシーンを細かく細かく繋ぎ、曲の音量も徐々に上がる。
 お偉いさん毒死。判事爆死。

 「good evening. ladies and gentleman!」

 このシーンだけ、もう何度みたことか。


 あ、いけない。まとめなきゃ。

 みんな、これを観て狂喜してしまえばいいのだよ。

2008年12月7日日曜日

ゲン@ DVD:『地球の静止する日』

ゲンです。
風邪をひきました。

■DVD『地球の静止する日』

12/19より全国公開されるキアヌ・リーブス主演のリメイク版『地球が静止する日』じゃなくて、1951年に公開されたオリジナル版ですw
普段は滅多にやらない予習の意味を込めて、わざわざセル版を買ってまでして鑑賞してみました。

OK! これで心構えは出来たぜ!w

まぁ、別に赤字(優評価)にするほどでもないんだけども・・・

古典SFの名作、それもカルト・クラシックと言われている作品ですが、デジタル・リマスター技術のおかげで非常に観やすく、ストーリーも分かりやすかったです。

当時の特撮技術なんてものは、今の自分から観るとチープとも言えてしまいますが、たまにはこういうノスタルジックな作品もいいですね。
SFと言っても、そこまで映像拘った作品といった印象ではなく、むしろストーリーに重点を置いた作品だと思いました。

時代的にも第二次世界大戦後、冷戦に突入した時代背景を絶妙に反映していて、リアルタイムでこれを観ていたとしたら、なかなか社会派のSFだったんじゃないかと思います。

いや、今観ても十分に拾える部分が多い良作ですね。



で、これがリメイクされるワケですか・・・キアヌ主演で・・・

うーん・・・どうだろう・・・

どこまで脚本が書き直されているか分かりませんが、正直言ってズッコケる要素は十分にあると思いました。

『宇宙戦争』『アイ・アム・レジェンド』と言った様な、古典SFの名作といわれる作品のリメイクは最近も多かったですが、どれも同じ印象なんです。

今の技術で作り直しても、面白いワケじゃない。

いくら当時、画期的な作品であったとしても、今の時代背景にそぐわなければ、全く面白くないワケですよ。
確かにCGのおかげで映像的には迫力があって、よりリアルに緊迫感を演出できるでしょうが、ストーリーではなくそこに重点を置いてしまった時点でその作品は死にます。

だって、「SF」ってそもそも映像技術じゃないでしょ?

魅力的なストーリー展開でイマジネーションを膨らませたモノであって、実際に映像にする事はまた別の次元の話だと思うのですよね。

いくら夢だったとしても、それをスピルバーグみたいな巨匠が、トム・ルーズ主演で商業映画にしちゃマズいだろうと・・・
何つかー、あの作品はスピルバーグのエゴに全世界が巻き込まれてしまった気がしました。
まぁ、そういう意味で『宇宙戦争』(原題:War of the worlds)ってのは言いえて妙だけどもw



その流れから考えての『地球の静止する日』のリメイク『地球が静止する日』
今回は脚本が現代に合うようにだいぶ練り直されてるとの事ですが、オチに関しては恐らく変わらないんではないのかなぁと予想しています。

テーマ的には十分に現在でも通用すると思うので、その辺は一貫してるのではないかと。

ただ、そうなってくると「VFXを駆使した壮大なお説教映画」に なってしまう気もするんで、それはそれで心配ですが・・・


キアヌ主演の名に恥じぬ作品であるよう、強く願いますw

2008年12月6日土曜日

ゲン@ DVD:『PIXAR SHORT FILMS』

ゲンです。
日付が変わってしまいましたが、12/5よりピクサーの新作映画『WALL・E/ウォーリー』が公開されました。
金曜が封切りだったワケですが、仕事が午後からだったので、午前中にさっそく劇場に観に行ってきました。
時間の関係で日本語吹き替え版での鑑賞でしたが、また同じシーンで泣いてしまいたw

新作の公開に合わせて、ピクサーの原点とも言える短編作品を完全収録したDVD『PIXAR SHORT FILMS』が先月発売になりました。

■DVD『PIXAR SHORT FILMS』

ピクサーの経歴を紹介する時に度々取り上げられ、ピクサー短編の代表作とも言える作品『ルクソーJr.』をはじめ、これまで製作した全ての短編が収録されております。

知らない人も多いかと思うので、まずはつべこべ言わず『ルクソーJr.』をご覧下さいw

これはピクサーの初期の短編作品で、ほんの数分(紹介してるのは作品の冒頭だけ)の作品ですが、ピクサーの目指さんとする内容が見事に凝縮されているモノ凄い作品です。

登場するのは主人公は電気スタンドの親子。
ボールで遊ぶ子どもと、それを見守る親。
セリフは無く、電気スタンドの物理的な動作は実際のモノと同じ制限をされているはずなのに、この親子の感情が手に取るように伝わってきます。

日本では『トイ・ストーリー』『ファインディング・ニモ』のキャラクタの愛可さでウケている感の強いピクサーですが、彼らの真骨頂はまさにこのスバ抜けた「表現力」です。
単に動きやセリフを与えることだけでなく、感情も感じさせることが「命を吹き込む」という事なのだと、改めて感じさせる作品であると思います。


そしてこの表現の発展させた結果であり、ピクサー長編作品の最高傑作であるのが『ウォーリー』です。
『ルクソーJr.』の数分・数秒で面白い!と思った人は、この感動が2時間続くと思ってくださいw
鼻水が出るほど泣きますw


収録作品
・アンドレとウォーリーB.の冒険
☆ルクソーJr.
・レッド・ストリーム
★ティン・トイ
・ニック・ナック
★ゲーリーじいさんのチェス
★フォー・ザ・バーズ
☆マイクとサリーの新車でGO!
☆バウンディン
・ジャック・ジャック・アタック!
・メーターと恐怖の火の玉
☆ワン・マン・バンド
☆リフテッド
(★:アカデミー賞受賞、☆:アカデミー賞ノミネート)



DVDは2枚組みで1枚目が短編集、2枚目はピクサーを立ち上げた天才アニメーター「ジョン・ラセター」を中心とした、ピクサーの歴史が収録されています。

ジョン・ラセターは、ディスニーの設立したアニメーション学校で基礎を学び、ディズニーのアニメーターとして就職しますが、以前から夢だったCGでの長編アニメを企画したところ、幹部から全く相手にされず、ディズニーを去ります。

しかし彼は、その後も夢をあきらめず、コンピューター会社として「ピクサー」を立ち上げ、そのソフトウェアの宣伝としてCGアニメを次々と生み出していきます。
(『ルクソーJr.』はその頃の作品)

そして徐々にその功績が認められ、ついには彼を突き放していたディズニーからオファーを受け、『トイ・ストーリー』を製作することになります。

・・・とまぁ、こんな書き方をすると何の苦労も無いあっさりとしたサクセスストーリーに思えてしまいますが、実際にはとんでもない苦労と努力を積み重ねて現在の成功があります。
詳しくはDVDを買って下さいw

アニメーターであるジョン・ラセターが主役なのは間違いないですが、会社設立当初から彼をサポートし続けたプログラマーのアルヴィ・レイ・スミスや、資金や経営面でピクサーを発展させた元Apple社のスティーブ・ジョブスらの功績が、いかに大きいものだったのかを改めて感じました。

またDVDの中では2006年に問題になったディズニーとの提携問題にも触れられ、2Dアニメ業界の業績悪化で疑心暗鬼になっていた関係が回復した経緯も語られており、映画通としても非常に興味深い内容になっておりました。
双方にとって、お互いがいかに必要不可欠な存在であるのかと、強く感じました。


単に短編集として楽しめるのは勿論、ピクサーの歴史を知るにも非常に面白い内容でした!

ピクサーファンは絶対に買い!

2008年11月29日土曜日

梅太@ DVD:『ビッグフィッシュ』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 ~~~~~~ ストーリー ~~~~~~~~~


 エドワード・ブルームは、大の話好き。彼の語る話は面白く、自然と人が彼を取り巻く。
 そんな父を持つウィル・ブルーム。子供の頃はエドワードのワクワクするような話が大好きだった。
 しかし、大人になったウィルは一つの疑問を持つ。「いったい何が真実なんだろう」
 エドワードにまつわる何千何万という話は聞いてきたが、その荒唐無稽さ故、エドワードの本質が見えないことに気付く。
 ウィルの婚礼の日、ついにその思いを伝えるが、それがキッカケで父子は断絶する。

 数年の後、エドワードは病に倒れる。残された日は少ない。
 実家に戻ったウィルは、エドワードの口から真実を引き出そうとする。
 そしてエドワードが語ってきた空想と現実を摺り合わせようとするのだが・・・

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 このブログを立ち上げ、一番最初に書いた自己紹介の記事で、この『ビックフィッシュ』は僕の思い出の作品であることに触れました。
 今現在、こんなにも映画が好きなのは、この作品があったからです。
 以来、何かの節目の時には必ず鑑賞している作品で、僕は数日前誕生日を迎えたので、その折に。

 ティム・バートン作品の中でも最も好きな作品でありまして・・・・


--------------------------- 思い出 ------------------------------

 昔から映画は好きだったのですが、高専に入学し2年間くらいは、勉強(いや、ホントか?)と部活(これはホント)に精を出していて、映画館にあまり行ってなかったのです。
 3年生になって少し落ち着いてきた頃、ふと、この作品の宣伝に惹かれました。

 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(当時はまだ「ヴァージンシネマ」だったっけ)に行き、超巨大スクリーン(8.4×20.2)で初日初回に鑑賞。

 久々の映画館というだけでワクワクしてたのもありますが、上映開始直後から世界観に惹きこまれる。

 エドワードが語るサーカスのお話で、「運命の女性に出会うと、本当に時が止まる」というシーン。
 この辺りでは、もうどっぷり浸かってました。
 そして庭いっぱいに広がる水仙畑
 戦争からの帰還。
 
 映画ってすごいなぁ・・・

 そして最後。エドワードの死に際に、ウィルが語る”エドワードの最後”の話。
 そのあまりの素晴らしさに、涙が止まらなかったのを覚えてます。
 座席予約制・完全入れ替え制の劇場ですから、上映終了後はすぐに劇場を出ないといけないわけですが、しばらくは出たくなかった。

 映画ってこんなにすごかったっけ・・・

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 今日は作品の感想というより、作品を観てきて僕が考えたこと・・・というコンセプトでいこうと思います。
 長々しくなりますので、お時間があるときにでも。


 ~~~ 1. 永遠に繰り返される物語 ~~~

 現実と空想をすり合わせようと、エドワードが辿ってきた道を探るウィルは、スペクターという街に住むエドワードの旧友:ジェニーに会う。
 そこでジェニーに聞かされる話は、エドワードが歩んできた時系列とはチグハグな部分が多い。
 困惑するウィルに、ジェニーはこんな一言を放つ。
 
 「お父様の頭で考えるのよ」

 さて僕も、エドワードの頭で考えてみる。
 すると、この『ビッグフィッシュ』という作品は、オープニングとラストが繋がるお話であるということに気付いた。
 つまりは輪廻というものかな。

 オープニングは、街の伝説的な存在である怪魚、誰にも捕まえられない大きな魚の話から始まる。
 どんなエサをもってしても捕まえられず、ある日エドワードは、純金の婚約指輪をエサにすればどうかと思いつく。
 釣り上げたはいいものの、その魚に指輪を飲み込まれてしまうが、死闘(いや、そんなに壮絶ではないが)の末、指輪を取り戻す。
 この話は、釣り上げるのが困難である魚と、高嶺の花である人(妻:サンドラ)を掛けて、それらを手に入れるには指輪をあげるのが一番だというジョーク。
 またこの話は、ウィルが生まれた日に起こった事件という設定である。
 「この話はウケるんだ」という台詞から、恐らく最も語られてきた冒険譚であろう。

 ラストは、エドワードが今まで終ぞ語らなかった”エドワードの最後”の話を、ウィルに作らせ語らせて、幕を閉じる。
 ウィルが作った話のオチは、「父さんの本当の姿は、実は大きな魚だったんだ」というものである。

 この”大きな魚”にまつわる話は、エドワードがウィルに聞かせてきた幾千もの話の、おそらく原点であると僕は思います。
 つまりウィルの視点からみると、”エドワードの辿ってきた人生”の原点です。
 ウィルが語った”エドワードの最後”の話で、その原点は同時に、エドワードの終着点となったのです。

 そして怪魚となったエドワードは、やはり誰にも捕まえることは出来ず、誰かが指輪を河に放り込むまで、街の伝説として語られていく。
 ここで、映画のラストとオープニングが繋がるのです。

 ・・・・という風に、”大きな魚”にまつわる話は、永遠に繰り返され、語り継がれていくのですね。


 ~~~ 2. My Girl in the river... ~~~

 1節と少しリンクした話です。
 ウィルが語る”エドワードの最後”の話では、エドワードは妻サンドラに、純金の婚約指輪を託します。そこで放つ一言が、

 「My Girl in the river」

 このシーンの意味。
 これが長らくつかめなかったのですが、今回なんとなく掴めた気がします。

推測①: 
 エドワードは、指輪をエサに魚(♀)を釣り上げますが、指輪は飲み込まれ、闘争の末に取り戻す。
 自分が死ぬという時になり、その魚(Girl=サンドラ)に、あのとき力ずくで取り戻した指輪を渡す・・・という意味。

推測②:
 ウィルが語る話のオチは、「父さんは、本当は大きな魚だったんだ」。
 この魚は後に、誰も捕まえられない街の伝説となる(1節参照)。
 この魚を捕まえる唯一の方法は、指輪をエサにすること。
 そしてこの魚を誰かが捕まえたとき、新たな物語が紡がれていくのです。
 
 それを考えると、「誰かがこの指輪を使って、僕を捕まえてくれる日まで・・・」という意味で、サンドラに指輪を託したのかな。


 推測①は、台詞を意識した解釈。
 推測②は、指輪を託すという行為を意識した解釈。

 原作の方に、ヒントが隠されてたように思ったのですが、以前読んでからかなり経つので、内容をすっかり忘れてしまいました。
 このシーンの意味について考えたことがある方、ぜひご一報を。


~~~ 3. 御伽話に込められた真実 - 「The very Big Fish」~~~

 「You become what you always were. The very big fish. And that's how it happens.」

 ウィルが作りエドワードに聞かせる”エドワードの最後”の話。
 そのオチの部分です。直訳すれば、

 「とても大きな魚、つまり父さんが常にそうであったものになった。それが父さんに起こったこと」

 という感じになるのでしょうか。
 映像ではこの後、エドワードが魚に転身するところで話が終わります。
 視覚的な情報のみで捕らえるならば、1節で述べたエドワードの原点である”大きな魚”の話に掛けて、「あなたの最後は、あなたが今まで散々語ってきた”大きな魚”になりました」という具合ですね。

 さて、「Big Fish」とは”大きな魚”という意味ですが、実は「ホラ吹き」という意味もあるそうです。
 この意味を考えると、先の英文はもっと深い言い回しであることに気付きます。

 「あなたは、あなたが今まで散々人に語ってきた”ホラ(ジョーク)”になってしまいました」

 つまり、映画の最後でウィルのナレーションとして流れる「お話を語りすぎて、父さん自体が”お話”になってしまった」という台詞と繋がるわけです。
 あなたが死んでも、あなたは”お話”として生き続ける
 人に散々ジョークを語ってきたエドワードにとって、これほど素晴らしい最後は無かったのではないだろうか。


 思考は巡って。もう一つの解釈。

 子供の頃、誰でも御伽話を聞かされたことはあると思います。
 あれは、何の意味があるのでしょうか。

 御伽話やジョークの根底には、読む人に対して作者が込めた思いや教訓が眠っていると思います。
 例えば児童書の分野ではあまりにも有名であるロアルド・ダール。その著書の『チャーリーとチョコレート工場』は、「良い子は報われる」というその一言が根底にあり、それを伝えるためウンパ・ルンパの楽しげ歌や、奇人ウィリー・ウォンカのへんてこな発言で盛り上げます。
 絵本や児童書には、まず楽しさがある。その楽しさが頭に残り、後々、その本に込められた本当の意味がわかってきます

 エドワードが語る話・ジョークも、同じ部分があると思います。
 一度聞いた限りではその話の楽しさが印象的ですが、エドワードの話の中には実は、エドワードという存在の本質が沢山散りばめられています。 
 
 今までメチャクチャだと思っていたお話。でもエドワードが語るジョークの中に、エドワードの本質が込められている。真実をそのまま伝えることだけが、良い方法とは限らない。
 エドワードの死期が迫り、空想と現実を摺り合わせていたウィルは、最後にこのことに気付いたのです。

 エドワードがジョークに徹した意味・精神。
 最後の「The very Big Fish(この大ホラ吹きめ)」には、そういうことを理解したウィルの気持ちが込められているのだと思います。

-------------------------- まとめ -------------------------------

 以上。

 
 もう何度目になるかわからない今回の鑑賞ですが、実を言うと、今までこの作品に対して、ちゃんと文章化したことってないのですよね。
 何故かと聞かれるとわからないのですけど、スティーブン・キングの言葉を借りれば、

 「頭の中で考えているときは無限に思えることでも、いざ口にしてしまうと、実物大の広がりしかなくなってしまう」

 というのがあったからかもしれません。
 ただ今回文章化することによって、整理整頓が出来たようにも思います。
 

 映画の最後、ウィルのナレーションで流れるこんな一言。

 「聞きすぎたジョークは、時が経てばまた笑える」

 この作品は、感動的で暖かいという第一印象があった。
 でも時が過ぎ、何度か観ているうちに、色々な意味が込められていることに気付く。
 (もしくは、色々な解釈が出来ることに気付く)

 『Big Fish』という、ティムバートンが放った”盛大なるホラ話”(「The very Big fish」)。
 僕はまた、何かの節目にこの作品を観るのだと思います。



 最後まで読んでくださった方、長々とお付き合いありがとうございました♪

2008年11月22日土曜日

梅太@ DVD:『スピード・レーサー』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 11月19日にDVDが発売となった『スピード・レーサー
 映画の公開日は7月5日で、僕は初日の初回に最寄のシネコンに行きました。
 観客は・・・・なんと僕と中年のおじ様の二人のみ。
 (きっとこのおじ様は『マッハGO!GO!GO!』のアニメのリアルタイム世代だろうなぁ)
 
 本国アメリカでは興行収入が芳しくなく、日本でも早々に打ち切りという結果になってしまいました。
 でも僕は、08年の最高傑作であると思っています。

 ~~~~~~~~~~~

ストーリー:
 レース界期待の新星スピード・レーサーは、レーサー一家が経営する個人経営の車会社:レーサー・モーターズに所属する青年。
 スピードのもとには連日スカウトの電話がかかってくるが、彼はそれを拒み続ける。
 そこには、過去に起こった兄:レックスの事故が関係する。

 ある日、大手企業のロイヤルトン・インダストリーからオファーがかかるが、悩んだ末に、家族にとってレースとは何かを再認識したスピードはこれを拒否。
 しかしそこで、レースに絡むビジネスや裏社会の事情を聞かされる。その日からスピードとレーサー一家にはレース界から多大なる重圧がかかり始め・・

 ~~~~~~~~~~~


 さて、この作品の魅力って、いったいどこにあるのだろう。
 まず目を引くのは、やはり映像。
 そして、カッコよさを超え、もやはアートとも言える流れるようなカーアクション(カンフーならぬカー・フー)。

 一回目鑑賞の際は、やはりこれらに注目してもらいたいです。
 二回目鑑賞の際・・・も、やはりこれらに酔いしれてほしいですね。


 三回目鑑賞の際は是非、脚本家ウォシャウスキーの手腕に着目してみてください。


==========「脚本」と一口に言ってみても=========


 少し本筋から逸れまして、脚本というものはいったいなんだろうかというのを考えてみたいと思います。
 脚本と一口に言いましても、様々な要素があります。

 ・物語、テーマ性
 ・アイデア
 ・構成力
 (他にもあるかもしれませんが)
  
 まず第一に「物語、テーマ性」
 小説なり映画なり、これはやはり柱の部分ですので、一番意識されるものだと思います。
 また普段良く言われる「脚本が良かった(悪かった)」というのも、「ストーリーが良かった」ということを指して使われる言葉かと思います。

 次に「アイデア」
 やはり映画には、普段の生活では想像もしえないような世界観や出来事を期待してしまいます。
 また、今までの作品にはなかった斬新な発想も求めるでしょう。

 そして「構成力」
 上二つの要素からすると、普段は一番意識されない要素でしょう。
 しかしどんなに優れた「物語」も、どんなに奇抜な「アイデア」でも、その作品に初めて接する観客にわかるように説明しないと意味がありません
 そこで重要になってくるのが、ストーリーを如何にして伝えるかという「構成力」。
 時系列に従って語るもよし、回想を挿入するもよし、顛末を先に伝えてからというのもよし。
 ある意味で、脚本家=ストーリーテラーの力量が一番発揮されるところではないでしょうか。

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 革命とも言われた『マトリックス』は、「アイデア」に優れていました。
 メガホンを置き、脚本に徹した『V for Vendetta』は、「テーマ性」に優れてしました。
 そして本作『スピードレーサー』は、「構成力」が抜群に優れています。

 初めて作品に触れる人にとってみれば、その作品の登場人物、舞台背景の説明は必須。
 これらがきちんと行われなければ、これから展開される世界に入り込めるはずがありません。
 かといってその説明を延々としていたのでは、お客さんも退屈してしまいます。

 例えば小説でいえば、表紙の折込などに、以下のような紹介があったりします。

 スピード・レーサー ・・・ 作品の主人公。レースの天才
 トリクシー ・・・ スピードの幼馴染
 パパ・レーサー ・・・ スピードの父。レーサー・モーターズの経営者
 (以下略)

 こういうの、みたことありませんか?
 映画で言えば、これを冒頭部分で如何にして伝えきるかが重要になってきますね。

 ここで発揮されるのがウォシャウスキーの「構成力」です。
 現在行われているスピードのレースシーンで興奮させているうちに、スタイリッシュな場面転換と共に挿入される回想シーンで、兄に対するスピードの憧れ・尊敬(←このシーンだけで泣きそうになった)や歴史(トリクシーとの出会い、レックスの死亡事故など)といった、この作品の世界観を実はしっかりと伝えきっている・・・という、その手腕!

 DVDを購入して4日が経ちますが、僕はこの冒頭部分をすでに3回は観ています。
 何回見ても「う~ん・・・見事だ」と思ってしまいます。

 近年、これだけ見事な冒頭部分は無かったと思いますよ。

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 特典映像では、この作品の解説を行っています。それは主に、映像の作り方という観点からです。
 かなり面白い手法を用いているので、CGを使用した映画が主流となっていく今後、これはきっと応用されていく技術だと思っています。
 その時「あぁ、『スピード・レーサー』は実はすごい作品だったのではないか」という方向に、世間の目が向けられるといいなと切に願っています。


最後に:

 この作品の、映像に関するレビューは、書くだけ無粋かなと思いました。
 なので、今回は脚本家ウォシャウスキーの手腕という面から『スピード・レーサー』の素晴らしさについて紐解いてみました。
 もちろんこれは、作品のほんの一要素に過ぎません。

 脚本の構成力に加え、興奮を抑えきれないカッコいい映像、その他もろもろ。
 初鑑賞時に、あれだけの感動を味わえたのは、やはり個々の要素の素晴らしさと、組み合わせることによる相乗効果があってこそのものだと思います。


 最高にCool beans!(イカしてる!)な作品です!!


最後の最後に:

 クリスティーナ・リッチがキュートすぎる。

2008年11月18日火曜日

梅太@ DVD:『ステイ』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 この記事はネタバレを含んでいますのでご注意を

 全世界に先駆けイギリスで公開され、先週末に全米公開。見事一位を獲得した『007慰めの報酬』。
 007シリーズでは異例となる続編作品の監督を務めるのはマーク・フォースターです。
 そして先週、フォースター監督の『ステイ』を久々に見ました。

 『ステイ』は05年に公開され、僕は公開日に観にいったのですが、そのなんとも不思議な世界観が魅力的でした。
 ただストーリーという部分においては理解できない部分が多かったのを覚えています。
 結局は自分なりに肉付けをして、一段落させていましたね。 
 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ストーリー:
 精神科医として確かな実績をもつサム(ユアン・マクレガー)は、ある日不思議な青年ヘンリー(ライアン・ゴズリング)に出会う。
 その日の天気は晴天であったが、ヘンリーは「今日は雹が降るね」と言い残し、サムのもとを去る。その予言はあたる。

 その日以降、ヘンリーの奇怪な行動にサムは驚くばかり。
 またそれに伴い、サムの周囲の人物にも異変がおきはじめる。
 それはヘンリーのせいなのか。ヘンリーとはいったい何者なのか。
 なぜヘンリーは、サムのもとへ訪れたのか。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 この作品はあまりにも謎の要素が多いため、上映終了後にスクリーンに映し出されるキーワードをHPで入力すると、数々のヒントを与えてくれるという面白いことをやっていました。
 そのヒントを改めて見てみると、「なるほど!」と思うこともあれば、「いや、それはちがうんじゃ・・・」と思うこともあります。
 しかしあくまで一つの見方として、見ておくのも良いのかもしれません。

 HPはコチラ
 キーワードはさすがに公表できないですが、ヒントは「米国でもっとも古い吊り橋」です。劇中にも登場します。

 まずこの作品で魅了されるところは、マーク・フォースターの独特なカメラワークと流麗なシーン切り替えでしょう。
 フォースター監督作『ネバーランド』では、劇中登場するシアター内でのカメラワークが綺麗でした。
 この作品では綺麗というよりも、面白いと言う方が合っているように思います。
 (例えば交通事故の車の横転を、その車のタイヤの目線で捕らえたりなど)

 改めて見ると、かなり面白いことをやっているので、ストーリーのすべてが理解できなくとも観る価値は十分にあると思います。
 このカメラワークが、『007』というスパイアクションで活用されるとなると、それだけで期待してしまいますね。
 
 僕はといえば、『慰めの報酬』の予告編で「おぉ!」と思ってしまうカメラワークがあったので、ここでご紹介。
 ↓↓↓↓↓↓ 1:15くらいのところです ↓↓↓↓↓↓

 

 
 ストーリーというところで言うと、前述したように難解です。
 ですが、ある一つのキーワードをもとに場面をおさらいしていくと、案外すんなりと受け入れられる作品でもあります。
 そのキーワードは、

 「何が現実で、何が夢なのか」

 ラストを明かしてしまいますと、上映時間中の約90分間は、実は交通事故にあったヘンリーの、死に際に見た夢であることがわかります。
 また、この夢の中に出てくる人物は、その事故現場を見に来ていた人たち。
 特にサムとライラ(ナオミ・ワッツ)は、事故にあったヘンリーを介抱してくれた人物(一番近くにいた人物)ということで、ヘンリーが見る夢の中でも重要な人物として位置づけられています。

 さて、夢だから不思議なことばかりおきてたのか・・・と片付けてしまえばそれまでなのですが、ヘンリーが息を引き取り、事故現場も一段落した後、サムはある奇妙な感覚に襲われるのです。
 サムとライラは、ヘンリーの夢の中では恋人同士として描かれていますが、現実世界では事故現場に偶然居合わせただけで、初対面。
 しかしサムには、ライラを見た瞬間に、ヘンリーが見ていたはずの映像(夢)が自分の頭の中にフラッシュバックしてくるのです。

 恐らく『ステイ』で一番難解であり、一番観客を困惑させた要素は、このラストシーンであると思います。


 現実と夢の違いとは何でしょうか
 起きている間に感じているのが現実で、寝ているときに感じるのが夢。
 しかし現実というものは、結局は脳の中で都合の良いように構成されている世界で、夢というものと別段違いは無いのかもしれません。
 
 夢を見ていて、時には「これは夢だ」と認識する場合もありますが、大抵は夢だと気付きません。
 怖い夢を見ていると、本当にその体験をしているように感じてしまいます。
 いくら夢といえど、観ている最中は、それが現実と認識してしまうかもしれません。

 現実と夢。はっきりとした線引きはできません。
 その曖昧さを描いたのがこの『ステイ』であり、現実世界で生きているということを疑ったことも無いサムが見た最後のフラッシュバックは、

 「では果たして、ヘンリーが今まで見ていたのは夢だ、とはっきり言い切れますか?」

 という意味が含まれているように思います。

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 以上。

 マーク・フォースター監督が作る映画は、今まで体験したことの無いような感覚にさせてくれるものが多いですね。
 『君のためなら千回でも』は未見ですけど、『慰めの報酬』が公開される前にはチェックしておきたいです。
 
 では『ステイ』での面白いシーン切り替えについて、予告編内の一例を挙げることで、今日の締めとしたいと思います。
 ↓↓↓↓↓↓ 1:30くらいのところです ↓↓↓↓↓↓

 

2008年11月15日土曜日

梅太@ DVD:『インベーション』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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 今日の記事ははネタバレを含みますのでご注意を。


 ご紹介するのは、SFサスペンス『インベーション』。
 監督は『es』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル
 主演はニコール・キッドマンダニエル・グレイグです。

 以前調べたところによると、ウォシャウスキー兄弟が関わっているという事なのでレンタルしてみましたが、あまり公には関わっていないようですね。
 製作会社(ワーナー)側からの要請で、すこし絡んだ程度らしいです。

 そこはさておきまして、『es』で緊張感溢れる作品を提供したオリヴァー監督らしく、上映時間99分間かなりドキドキさせられました。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ストーリー:
 NASAの打ち上げたスペースシャトルが地球へ帰還中、事故により大気圏内で爆発をおこしてしまう。
 スペースシャトルの破片は散り散りになり、破片からは新種のウィルスが発見される。

 精神科医のキャロル(ニコール・キッドマン)は、暴力亭主による被害を受けている患者の診察を行っていたが、その患者から「夫がまるで別人になってしまった」ということを耳にする。
 その日からキャロルの身の回りの人々にも、異変がおきはじめ・・・

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 いきなりネタバレですが、結局のところ、シャトルの破片に付着した新種のウィルスによって街の人々に異変がおきるわけです。
 タイトルである「インヴェーション-invasion」とは「侵入」という意味で、人々の体内にこのウィルスが侵入することで、どういう影響が出てしまうのかというのが、話の筋であります。
 そこは、誰でも推測できてしまうところでありまして・・・
 しかし先にも書いたように、この映画は、劇中の緊張感が非常に高いのです。
 
 感染者の特徴は、感情を出さないこと。何に関しても無関心であること。
 日に日に感染者は増えていくのですが、感染者は次の感染者を常に狙っています。
 主人公であるキャロルは、自分が非感染者であることを隠すため、感染者を装いますが、街を歩いていると常に感染者から監視の目が注がれます。
 そんな街の描写がとても恐ろしく、緊張感を煽る演出となっています。

 努力もむなしく、キャロルもウィルスに感染してしまいますが、このウィルスは感染されただけでは別段問題はなく、レム睡眠に入ることで、突如活発に動き出します。
 眠らなければ、発症は防げるわけです。
 その事実が判明した後、キャロルは睡魔との熾烈な闘いを繰り広げます。
 寝てはいけない・・・寝てはいけない・・・・その心境もまた、緊張感を煽ります。


 恋人であり、ウィルス抑制のワクチンを作成する手助けをしてくれるベン(ダニエル・グレイグ)ですが、彼もまた、終盤でウィルスに感染します。
 そこで、ウィルス感染による人類への影響について、一つの見解を示します。

 このウィルスに感染すると、人々は感情を表に出しません。
 しかし同時に、他者との衝突、争いもおきない。
 世界各地で争いがあり、無駄な死傷者を出している現在からすれば、ありがたいことではないか!怖がることはない。君も仲間に!
 そう説くベンに、キャロルは必死に抵抗をします。


 なんやかんやあって(適当ですいません)、結局はワクチンが生成され、世界中に配布され、ウィルスもなりを潜めます。
 約90分引っ張ってきたわりに、ラストがあっけない印象を受けましたが、最後にこんなナレーションが入ります。

 「争いがなくなったら、それは果たして人間と言えるのだろうか」


 過去におきた世界大戦や、最近のイラク紛争。人間の歴史には、争いが耐えません。
 地球上に存在する生物のなかで、こんな争いをしているのは、人間だけです。
 このナレーションは、争いをしよう!それが人間たる由縁だ!と、そういうことを言っているわけではなく、人間の争いの歴史を痛烈に批判しているわけです。
 なるほど、なかなかうまいことをおっしゃるね。 

 結局あのウィルスはなんだったのか。(意思をもってるとかなんとか前半で言ってたような・・・?)
 政府に隔離された人々はどうなったのか。
 キャロルに銃殺されたコンビニの店員は無駄死にじゃないか。
 というよりキャロルはただの精神科医なのに、なぜそんなにも銃の扱いや車の運転がうまいんだ。

 それらが頭の隅から離れませんが、最後のナレーションを頼りに紐解くと、この作品の言いたいことはわかってくるように思います。
 逆に言えば、最後のナレーションがなければ、何を意味しているのかよくわからない、ただのドタバタパニックです。

 というわけで、映画は最後まで観ましょうね!というのが今日のまとめです。
 いえ、ウソです。

 サスペンス映画というのは、時に難解すぎたり、伏線を気にしすぎて意識が散漫し、意味がわからなくなってしまうときがあります。
 そんな時は劇中のある一言から読み解くと、意外にも筋が通った作品であることがわかったりします。
 でもその一言を見つけるためには、意識を集中させていなければならないし、製作者側は、観客が集中を維持できるような演出をしなければならないものです。
 その点、オリヴァー監督の演出は満点かな。と、思いました。

2008年11月13日木曜日

梅太@ DVD:『君に読む物語』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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 今日は04年に公開された恋愛映画『君に読む物語』について。
 映画自体は以前に見たことがあったのですが、先日この原作となったニコラス・スパークス著の同名小説をBookoffで発見し、購入。
 読み終えた後、もう一度レンタルして見直してみました。

 主演はライアン・ゴズリングレイチェル・マクアダムス
 
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ストーリー:
 ある夏の出来事。
 都会から来ているお嬢様アリー(レイチェル・マクアダムス)に一目惚れをしてしまったノア(ライアン・ゴズリング)。
 まさに燃えるような恋をした二人であったが、将来歩む道のすれ違いから破局を迎える。
 時が過ぎ、アリーは婚約。ノアはあの夏を思いながら、自分で購入したボロ家の改装を達成する。
 改装された家は新聞に載り、アリーは偶然、その記事を目にする。
 過去との決別をつけるため、ノアのもとへ訪れるアリーであったが・・・

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 まず一言いわせてもらうと。
 原作小説があまりにも素晴らしすぎる

 原作のお話は、映画版の後半部分から始まります。
 つまり、燃えるような恋から幾年が過ぎ、アリーとノアが再会するところから。
 映画での前半部分であるノアとアリーの出会い、共に過ごした夏の思い出というのは、原作では合間に少しずつ語られる程度。
 確かに、原作は二人の出会いについて細かく語っているわけではない。そこを知りたいと思うのが人の常でありまして。
 映画版はそこを細かく・・・という姿勢は、評価できる部分だと思います。

 しかし原作では、その出会い、燃えるような恋をした夏をはっきり描かない分、成長した二人の台詞・行動の節々に込められるあの頃の思いというのが、なんとも言えない切なさを含んでいるのですね。

 文章表現も見事。
 映画も小説も、ストーリーが基軸なのは変わらないですが、ストーリーが面白いだけでは観客は惹きつけられないわけです。
 やはりそこには、演出というものが存在する。
 映画であればカメラアングルや編集の仕方、音楽、もちろん俳優の演技etc...
 小説で言えば、文章表現がそれにあたるわけですね。

 田舎の田園や湖といった風景の描写もさることながら、二人の内面の描き方が素晴らしい。
 特にノアのアリーに対するとてつもなく大きな愛情。この表現の仕方は、読んでいる僕も思わず切なくなってしまいました。
 僕は映画でも小説でも、愛の肉体表現というのを見ている(読んでいる)のがどうにも苦手でして、こういう内面的な愛の表現が見事な作品に出会えたことは喜ばしいことです。

 さて、原作を読み終え改めて映画版を見てみると、前半部分がなんとも陳腐な印象を受けてしまった。
 前半部分と言うのは、ティーンエイジャーの頃のノアとアリーの思い出というパートです。
 初めて映画を見たときは中々良いように映ったのですけれど、なんでしょうね。
 猛烈に愛し合ってます!というのは、それだけ見せられればわかりますよ!と言い返したくなるくらい。


 多分、原作を知らなければ、いい印象のまま僕の心に刻まれた作品だったのですが。
 僕は映画の原作小説は、興味を持った作品は読むようにしているのですが、読んでもお互いの(映画版と原作の)印象が悪くなるというのはないのですよね。
 こういう経験は初めてですね。
 僕のモノの見方が変わったせいもあるかもしれないですけどね。

 ただ、インスピレーションを与えてくれた劇中の台詞が一つ。

 「僕も、ヤツ(婚約者)も親も関係ない。君が何をしたいかだ!」

 これは、アリーがノアを選ぶか、世間体もろもろ含め、婚約者の方を選ぶかで迷っていたときに、ノアにいわれた一言。
 ここでアリーは「どれを選ぶにしても、誰かが傷つくわ」ということを言います。

 そうなのですよね。”選択”と言うのは難しいもので、バタフライ・エフェクトみたいなことを言えば、誰かのほんの小さな行動でも、周りの誰かに影響を与えているのかもしれません。
 人には親切にね・・・ほとんどの人がそう言われて育ってきていると思いますが、目に映る範囲の人でさえ傷つけてしまう恐れがあるのに、もっと沢山の人のことを考えるには、人間一人というのははあまりにも小さすぎる。

 そこは、傷つける人を最小限に抑えるか、誰かが傷つくことは関係ないと割り切るか、悩んで悩んでそのままにするか。
 僕は優柔不断なタイプの人間ですので、この一言に対し、なんとなくそういうことを考えてしまった。



 本日のまとめとしましては、ニコラス・スパークスの原作があまりにも素晴らしすぎた。
 ただ前述しましたが、原作では深く語られなかったノアとアリーの出会いというのを描こうとした姿勢は評価できます。
 しかし改めて見ると、ややしつこい印象を受けました。でもラストは良くできているので、帳消しかな。


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 レイチェル・マクアダムス関連で。
 エリック・バナとの共演で、『Timetraveler's wife』という恋愛小説を映画化します。著者はオードリー・ニフェガーという人です。
 日本では最近、『きみがぼくを見つけた日』と改題して出版されています。
 題名に惹かれたので先日購入し、読んでみました。
 設定が非常に面白く、筋書きも素晴らしいです。途中、ややテンポダウンする印象も受けますが、かなり良作です。
 映画版ではこのテンポダウンする中盤を、うまい具合に調整してくれることを祈っています。

 一応、08年全米公開のはずですが、未だにメディアに宣伝はされていませんね。(劇中スナップショットが数点のみ)
 来年に延期かなぁ。

2008年11月9日日曜日

梅太@ DVD:『JUNO』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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 今年、眼に涙を溜めた作品が、今のところ4作品あります。
 今日ご紹介する『JUNO』が、その一つ。

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ストーリー:
 ジュノは、彼氏とセックスして2ヵ月後、妊娠が発覚する。
 一度は中絶を考えるが、雑誌の”養子募集”の欄を見、生んだ子供を養子に出すことを決意。
 その後、雑誌に掲載されていた夫婦に会う。すべてにおいて完璧な夫婦に見えるのだが・・・
 妊娠、中絶、養子、夫婦仲、永遠の愛・・・・いろいろな経験の末、ジュノが出した結論とは。

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 『サンキュースモーキング』で注目を浴びたジェイソン・ライトマン監督の2作目。
 脚本に、ブログ出身の新人ディアブロ・コディ、主役にエレン・ペイジを迎えての作品です。

 基軸はディアブロ・コディの描く脚本の素晴らしさがあるわけですが、ジェイソン・ライトマンの演出と、エレン・ペイジの演技がそれを更に昇華させていると思う。
 相乗効果という言葉は、この作品の為にあるのではないかと思ってしまう程。




 ~~~ ライトマン監督作品の好きなところ ~~~

 二度目の鑑賞となる今回ですが、今日の記事ではこの作品の感想と言うより、ライトマン作品の良さというものに着目してみたいと思います。

 ライトマン監督の前作『サンキュースモーキング』は、煙草が社会問題になっているアメリカの事情を、ユーモラスに描いた作品。
 実際のところ、笑って済ませられる問題ではないのですが、コメディという体裁をとっているにも関わらず、その問題自体は決して杜撰には扱わない。
 観客を笑わせておいて、実はちゃんと、伝えることは伝えている

 僕は『サンキュー~』の、深刻な問題(ストーリー)と笑いのバランスがすごく好きで、長編デビュー作にも関わらず、一気にファンになってしまった。

 長編2作目となる『JUNO』では、10代の妊娠という、これまた社会的な問題に触れています。
 これは脚本を務めたディアブロ・コディの実体験も含めたフィクションとなっています。つまり視点が10代。台詞回しも10代。
 そしてその10代の少女を、エレン・ペイジが演じる。
 これら”10代の感性”を、大人であるライトマン監督が見事に纏め上げている
 『JUNO』も前作同様、ユーモアたっぷりに描いていますが、妊娠と、そしてそれが及ぼす周囲への影響を、しっかりと描いている。
 更に今回はエレン・ペイジを始めとする、10代の青少年たちの演技がリアリティ溢れるものとなっていて、説得力抜群だった。

 また10代の青少年の会話や、おマセな少女ジュノと養子先の夫:マークが織り成す、映画やロックに関するコアな会話が面白い。
 話の内容自体はしょうもないことだったりして、特にロックの話なんかは僕の知らないネタ満載なのだけれど、不思議と聞いてて面白いのですよね。
 どこかタランティーノ作品に通ずるものを感じてしまった。
 普通の会話って、しっかり描くとこんなにも面白いんだなぁ。

 本作『JUNO』でも、デリケートな問題の描き方とリアリティ溢れる演技と、勿論笑いのバランスがすごく良くて、長編2作目にも関わらず、すでに僕の好きな監督の仲間入りを果たしました。

 さてこの話題のまとめをしようかと思います。
 社会問題を扱っているライトマン監督ですが、物語全体に漂う雰囲気は全体的に明るい。
 ラストは、ハッピーエンドといっては言い過ぎかも知れませんが、前向きなエンディングとなっている。

 先日購入したジョー・ライト監督作品『つぐない』の音声解説にて、ライト監督はこんなことを言っていた。

 『今まで、作品をハッピーエンドにするのは、逃げだと思っていた。でもハッピーエンドにするということは、実はすごく勇気がいることなんだ。』

 深刻な問題なら、深刻なトーンになったって、罪にはならないだろう。
 その方が、深刻さは伝わる。
 ユーモアの中に伝えたいことの本質を隠すのは、ある意味では賭けであると思う。伝わらないこともあるかもしれないから。
 でも、楽しいという感覚は、頭に残りやすい。
 その楽しさから辿っていって、事の本質に気付いてもらいたい。恐らくライトマン監督は、そういう志で、2つの作品を作り上げたのではないのかな。
 勝手な解釈ですけど。



 ~~~ こういう友達がいたら・・・ ~~~
   
 
 さて、話は変わって。

 最初に鑑賞したときは、ジュノのような女の子が友達にいたら、きっと楽しいだろうと思った。
 でも今回はジュノでなく、ジュノの親友:リア(オリヴィア・サールビー)に目がいった。

 リアは、リアクションは大きいけれど、実際のところ、物事に対してあまり驚いてはいない。
 ジュノが妊娠を告白しても「あら、ヤバイわね。じゃあどうするの?」といった具合。
 なんとなく素っ気ない印象も受けるが、ジュノのやろうとしてることには、否定も肯定もなく、全面的に協力する。
 
 この「あらそう」という感じ。
 人が真剣な問題に直面したとき、これって結構救われる対応だったりする。
 つまり、自分を客観的に見てくれる存在というものかな。

 ある問題について頭がゴチャゴチャしている状態で、それを人に理解してもらおうなんて、まず無理。
 なぜって自分でわかっていないから。
 そういう時、”話す”ということが担う役割は、話しながら、自分の頭の中を整理することにある。
 だからそういう時は、否定も肯定もなく、とりあえず最後まで聞いてくれる人という存在は、かなり救われたりする。

 ちょっと話が逸れたかもしれないけれど、つまりは、このお話に出てくるリアは、親友として傍にいてもらいたいタイプだなぁということ。

 まったく、この作品の登場人物は、全員が魅力的で困ってしまう。。


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 ライトマン監督2作目『JUNO』は、『サンキュースモーキング』の功績があるからかなり期待していた作品だった。
 そして期待通りの出来で、もう大満足。

 今後も期待の新鋭でございますね。

2008年11月7日金曜日

梅太@ DVD:『I'm not there』

この記事は 梅太 の名の下にお送りいたします

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 『I'm not there』は08年春に公開された作品。
 伝記映画ととれなくもないし、ボブ・ディランという人物をまったくもって知らない人には、単なるオムニバス作品ととられてもおかしくはないのかな。

 この作品はボブ・ディランという人物を、6人の俳優が演じるというスタイル。
 その6人の俳優と言うのがまた豪華なのです。

 放浪者:マーカス・カール・フランクリン
 詩人:ベン・ウィショー
 革命家:クリスチャン・ベール
 映画スター:ヒースレジャー
 ロックスター:ケイト・ブランシェット
 無法者:リチャード・ギア
 
 いろいろな側面を持つ掴みどころのないボブ・ディランを表現しようとしたのですね。

 さて、僕はボブ・ディランという人物をあまり知りません。
 ではなぜこの作品を観ようかと思ったか。

 予告編のケイト・ブランシェットがあまりにもカッコよかったからさ!!
 そしてこの作品を通してボブ・ディランを知ろうと思ったわけでもなく、正直ケイト・ブランシェットの演技が見れれば良かった。

 でも、良いインスピレーションを与えてくれたと思う。

 ボブ・ディランは確かに、いろいろな側面を持っていると思う。
 でもそれは、僕たちにもいえることなのではないだろうか。

 大学へ行く僕。
 実家での僕。
 中学の友達と会っている時の僕。
 高専の友達と会っている時の僕。
 高専のサークルの人たちと会っている時の僕。
 そしてこうして今、ネット上でこの記事を書いている僕。

 果たして、どれが本当の僕かと聞かれて、答えられるのか。
 どれも自分であり、どれも自分でない(I'm not there)かもしれない。

 また、革命家時代までは野心的な印象を受けるが、ロックスター以降というのは、わりと世間に対して無関心な面も見せる。
 それは恐らく革命家として奮闘し、そして革命が起こっても変わらない世の中・・・というのを経験したからかもしれません。
 では果たして、どれが本当のボブ・ディランなのかと言われると、どうなんでしょう。
 彼は有名な人物ではあるけれど、転がる石のように、世間の流れに任せて生きようとした、一人の男ということに変わりはないのかな・・・と感じた。
 (ここでいう世間の流れというのは、音楽的なものもあるし、アメリカが辿ってきた歴史というものも含む)


 さて、映画の終盤、ケイト・ブランシェット演じるロックスターは、車中でインタビューに答えている。
 そこでこんな一言を放ちます。

 「歌詞の無意味さこそ崇高なのに」


 僕は歌手ではないので、歌手の人がどのように詩を作るのかわからない。
 ものすごく重要な意味を含ませている歌詞もあるかもしれない。
 でもその意味というのは、人によって捕らえ方が違ってくる。
 100人いれば100通りの解釈がある。
 ではどれが本当の意味なのかというのは、結局はわからない。

 ここでいう無意味とは、本当の意味を追求することなんて無意味なんだと、そういうことを言っているのではないだろうか。
 100通りの解釈ができる。人によっていろいろな見方ができる。それこそ、崇高なことなのではないか。

 実態をつかめないボブ・ディランという人物を表現した、見事な言い回しであると思いました。


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 最後は、わかったようなわからないようなことを書いてしまいましたが、今回僕が言いたいことは結局これ。


 ケイト・ブランシェットがカッコよかった!!


 "カッコイイ"という言葉がこれだけ似合う女優もそういないだろうな。
 ということでケイト・ブランシェットのカッコよさ満載の予告編は↓↓