2010年3月26日金曜日

梅太@ 予告編:『Scott Pilgrim vs the World』

この記事は マイケル・セラを語らせたらちょっとうるさい 梅太 の名の下にお送りいたします

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 本日ご紹介する予告編は、英国発コメディ『Scott Pilgrim vs the World』です。




 誰もが認める傑作だが日本未公開という扱いを受けた『ショーン・オブ・ザ・デッド』や、大傑作以外の何者でもないポリスコメディ『ホット・ファズ』を作り上げたエドガー・ライト監督最新作です。

 観たい!これは観たい!観なきゃいけない!


 ストーリーとしては。
 主人公:スコットがパーティー会場で、ラモーナという赤毛の女性を目にする。
 「この人こそ運命の人だ!」と言って声をかけるが・・・
 彼女を手にするには、彼女の元カレ7人をコテンパンに伸さなければいけないのであった!
 ・・・・というもの。


 エドガー・ライトがまたバカっぽい・・・けれど熱くなれそうなコメディを作ってくれたようです!
 バトルシーンはコテッコテの特殊撮影だけれど、決して嫌味にならず、こちらが大爆笑できるものに仕上げられている様子です。
 いつもながら、巧い線を突いてきますね。
 俳優起用も巧すぎる!

 主人公は数々の秀作コメディに主演するも、「日本では何故か報われない若手俳優No.1」のマイケル・セラ。
 僕は、マイケル・セラを語らせたらちょっとうるさいですよ。

 ヒロインには、最近、「ホントは俺も髪の毛が欲しいんだ!」という願望が露呈してしまったブルース・ウィリスA.K.A.ジョン・マクレーンの娘役を務め(『ダイハード4.0』)、『デス・プルーフ』の本編で素晴らしきチア服姿を披露し、あまりにも自然すぎて、それ私服か?と突っ込みたくなる(いや、僕は至福だけれど・・・というのは冗談)、僕の大好きメアリー・エリザベス・ウィンステット。


 冒頭の、「Hey, what's up?(どうしたの)」だけで、ご飯三杯いけます。
 マイケル・セラの魅力爆発です。
 そして、予告編後半、戦うことを決意した表情へ切り替わる様で、パン一斤はいけます。
 マイケル・セラの魅力暴走です。



 マイケル・セラ主演のコメディを見るといつも思うのだけれど、監督さんたちは、セラの使いどころをよく理解してますよね。ホント。


 本国イギリスでは、2010年8月に公開予定。
 日本公開に関しては、また危ない橋を渡っている気がするなぁ。

2010年3月25日木曜日

梅太@ 劇場:『NINE』

この記事は この映画、本当に気持ちいい!と思う 梅太 の名の下にお送りいたします

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●ミュージカル映画の醍醐味:『NINE
監督はロブ・マーシャル。
出演はダニエル・デイ=ルイス、マリオン・コティヤール、ペネロペ・クルス、ケイト・ハドソン、ファーギー、ニコール・キッドマン、ジュディ・デンチ、ソフィア・ローレン。


 「映画史上最もゴージャス&ファッショナブル」

 これは日本のキャッチコピーであるが、肝心なことを一つ忘れている。

 ミュージカル映画史上、最もエロティック。

 変態と呼ばれようが構わない。
 僕はこの作品が大好きだ。

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 ストーリーは。
 数々の名作の中で、イタリア人の生活スタイルを作り出したと言っても過言では無い名監督:グイド(ダニエル・デイ=ルイス)。
 しかし彼は悩んでいた。
 巨額の制作費が費やされる次回作のインスピレーションが、一つも沸いてこない。

 焦るグイドの思いもむなしく、何一つ形に出来ないまま、クランク・インは刻一刻と迫っていき・・・

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 ”ミュージカル映画における”ミュージカル作りにあたって、このロブ・マーシャルに勝てる人は、現在いないのではないかと思う。
 そう思う僕は、まず本作のミュージカルシーンについて語っていこうかと思う。

●『Overture Delle Donne』
 まずこの作品は、オープニングで絶頂を迎える。
 悩むグイドの前にクラウディア(ニコール・キッドマン)が現れキスをする。それを始まりとし、本作に登場する女達が一堂に揃っていくこの豪華絢爛な数分間は、恐らく二度と観られないだろうと思う。
 ここで絶頂を迎えていいかはわからないが、とにかく迎えてしまう。
 感極まって、いきなり泣いてしまった。
 これはどう転んでも傑作だと確信した。


 ここで「釣りはいらねぇ」と、2000円置いて帰っても良かった。

●『Be Italian』 - サラギーナ(ファーギー)
 オープニングを抜かしたとして、本作で一番見ごたえのあるミュージカルシーンは、ファーギー扮するサラギーナの歌うこの『Be Italian』であると思う。
 サラギーナの元へ向かうグイド(幼少)一向の画の撮り方は、本家『8 1/2』を意識したであろう撮り方で、それだけで嬉しかった。
 サラギーナのセクシーダンスに徐々にミュージカルシーンを被せていき、こちらの興奮を高めていく。
 そして画面は白黒から、攻撃的で情熱的な赤へと一転する。

 最初はスローテンポで、カメラもゆっくり動いていき、セットの素晴らしさに陶酔させられる。
 また、これでもかと配置された大人数が一糸乱れず同じ動きをする様は、この人たちシンクロにでたら金メダル取れるだろうなとバカな考えを起こす余地を与えず、ただただ美事というしかない。

 タンバリンを取り出し、曲調がテンポアップしたところから、更にテンションは上がる。
 このままいくと高血圧で死ぬのではないかと思わせる。

 最高潮を迎えるのが、横一列に並ぶ一同を引きで捉えるダイナミックな画。
 このときばかりは流石に、叫ぶかと思った。
 圧巻だ。

 そして曲締め。
 我を忘れ拍手しそうになったが、ちょっとこらえた。雰囲気がそうさせない。
 ここが日本の映画館の良くないところだ。

 ロブ・マーシャル、あなた一体何者だ。
 もしかして生活の半分は、スクリーンでいかにミュージカルを魅せるかを考えているのではないのか?

 ここでも「釣りはいらねぇ」と、2000円置いて帰っても良かった。


●『Cinema Italiano』 - ステファニー(ケイト・ハドソン)
 海外評価の一部では、「PVじゃん」と一蹴されてしまった本パート。
 そういわれると、そうなんだ。
(見方を変えると、こんなPVがあったら最高レベルだと思うが)
 しかし、僕は大好きだった。
 確かに『Be Italian』の迫力に比べれば数段落ちてしまうが、ケイト・ハドソンがその表情・動きに一点の曇りも見せずノリノリで踊る様は、観ていてとても気持ちが良い。
 それだけでいいではないか。

●『Take It All』 - ルイザ(マリオン・コティヤール)
 このパートは、マリオン・コティヤールがひたすら脱いでいくというパートだ。
 ゾクゾクした。
 そのエロティック加減に・・・ではない。
 先のケイト・ハドソンと言う事は被るのだが、マリオンがこれを、物怖じせず真剣にやっている・・・ということにである。
 エロさを通り越して、もはやかっこいい。
 マリオンが観客を足蹴にするその様。素晴らしかった。

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 さて、映画としてみた時。

 この作品は、フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』を原作としている。
 正確に言うとその舞台版『NINE』の映画化である。

 『8 1/2』は、映画製作に対する監督の苦悩を静寂と共に描いていく。
 こちらは「あれが難しい、これが難しい」と言葉にするでなく、フワフワとした抽象的なイメージを観客に見せていく。
 対して本作は、その苦悩をはっきりと言葉にし、歌という叫びにして提供する。
 なので、原作よりもかなり”分かり易い”作品になっていると思った。
 はっきりしすぎている感じも受けるが、映画と言うものに対してグイドの発する一言一言は、こちらをハッとさせるものがあった。
 (特にクラウディアとの会話のくだり。日本映画に言えることが多かったなぁ)

 弱点が無いわけでもない。
 冒頭で紹介したとおり、本作はメイン・キャストが多い。
 各人のミュージカルシーンは素晴らしいのだが、使い捨てっぷりが目立つ。
 出てきて歌って、出てきて歌って。ある意味贅沢だけれど。
 思い返せば、ミュージカルシーンを除いて考えるとしっかりと筋の通った物語なのだけれど、『シカゴ』の時に魅せた、ミュージカルシーンと本編との絶妙な絡ませ方というのが発揮されず、散漫になってしまった感は否めない。
  

 また、ラストが弱かった。
 あのオールキャストは、オープニングで観てしまった為、どうしてもインパクトにかける。
 原作が原作だけに、ド派手に終わらせるということは無理なのかもしれないが、『シカゴ』でロブ・マーシャルのポテンシャルを見ているだけに、そういうことが出来そうな気がしてならないのだ。



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 が。

 やはり総じて、大好きな作品だ。
 確かに弱点はあるが、僕は、ある一つのことに特化した・・・というより、ある一つのことに全力を注いだ作品が大好きだ。
 そういう作品はやはり、印象に残るし、後々見返したくなる。

 先にも書いたように、”ミュージカル映画における”ミュージカル作りにあたって、このロブ・マーシャルに勝てる人は、現在いないのではないかと思う。
 もちろんこれは、僕の勝手な思い込みである。

 彼のミュージカルパートの作り方として好きなところは、あくまでも”ステージ”に拘ること。

 昨年公開された『マンマミーア!』がいまいちノリきれなかったとき、ミュージカルの何が人々を興奮させるか・・・ということを考えた。
 今のところ落ち着いている結論として。
 ミュージカルは、あの小さなステージ、制限された空間の中に、今にも爆発しそうな、抑え切れない出演者達のエネルギーが滾っていいる。
 そして逃げ場を失ったエネルギーは、客席へと伝わっていく。
 それが観客の拍手を誘う。
 これが屋外だと、そうは行かないと思う。エネルギーの逃げ場があるからだ。
 『マンマミーア』は綺麗な島国の風景と共に楽曲を提供するが、終盤のメリル・ストリープのバラードで若干注意散漫になったのは、そういう理由があるからではないかと思う。
 やはり屋内の、限られた空間と言うものが、ミュージカルには不可欠なのだと。

 その点、例え本編との繋ぎ方が無理やりであろうがどうだろうが、、ロブ・マーシャルは舞台に拘る。
 その結果、本物のミュージカルに劣らないエネルギッシュなパートが生まれているように感じる。
 『Be Italian』の、一同が横一列にズラっと並ぶ画の、視界に”収まりきらない”感じは、「これぞミュージカルだ!」と言える。
 そこに、映画の特権であるカメラワークを加え、これでもか!と魅せる。
 ボブ・フォッシーを永遠の師匠に持つロブ・マーシャルにしかできない芸当だと思う。

 また、繰り返すようだが、この作品は観ていてとても気持ちがいい。
 ロブ・マーシャルの「俺はこういうミュージカルシーンが撮りたいんだ!」という要求に対し、女優が恥ずかしげもなく物怖じもせず全力投球する。
 これらが混ざり合い、極上のシーンが生まれる。
 確かに、ペネロペのパートを始め、本作のミュージカルシーンはかなりエロティックではある。
 これを大絶賛するようなら、一部の女子から反感を買うこと請け合いである。
 しかし僕は、エロさを感じる前にまずカッコイイと思った。
 監督、スタッフ、キャストが全力で打ち込んでる様は、やはりカッコイイ。


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 ペネロペ・クルスがエロくて。
 ジュディ・デンチのノリノリ具合が楽しくて。
 ケイト・ハドソンの踊りが潔くて。
 ファーギーの歌声に圧倒され。
 ニコール・キッドマンの美しさを再認識し。
 年をとってもまだまだ元気そうなソフィア・ローレンを拝むことができ。
 マリオン・コティヤールの演技にゾクゾクして。
 やさぐれたダニエル・デイ=ルイスは最高にシブくてカッコよかった。

 そしてそれらを引き出したロブ・マーシャル。

 これ以上何を望みますか?


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 長いですね、今回の記事も。
 本編見るより疲れました。

2010年3月22日月曜日

梅太@ 劇場:映画祭『桃まつり presents うそ』 - 弐のうそ の感想

この記事は 勉強させていただきました!・・・な 梅太 の名の下にお送りいたします

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 3/18に、現在渋谷ユーロスペースにて開催中の『桃まつり』(弐のうそ)にいってきました。
 桃まつりといっても、どこぞの国の祭みたいに、街中でトマトをぶつけ合うようなものではありません。


 コチラの記事で紹介していますが、再度簡単に説明をしますと、「女性監督にもっと活躍の場を!」をコンセプトに、若手女性監督が自身の短編を持ち寄り、数週間にわたって上映するというものです。



 このお祭りは、個々の作品の毛色は全然違いますが、作品のコンセプトは受け手にしっかり伝わってきます。
 そして一見バラバラな11作品を、お祭りの表題「うそ」の2文字が、巧く繋げているようにも感じました。

 それに基づき、以下、僕が鑑賞した3作品を、僕なりのコンセプトに沿って纏めたいと思います。


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●『きみをよんでるよ』 - 映像に詩を乗せる

 幕開けから、今日は来てよかったなと思いました。

 本作のヒロインと不倫相手のちょっとしたラブシーン(?)からこの作品は始まりますが、その艶かしさに惚れてしまった。
 皮膚がこすれあう音、舌使いの音等、音の録り方が素晴らしかった。

 舞台挨拶で監督は「しっとりとしたものを撮りたかった」と言っていましたが、その有言実行具合に拍手を送りたかった。

 ヒロインと不倫相手の男、どちらがどのような嘘をついているのか、物語が進むにつれて徐々に明かされていく運び方も良かったですが、”はっきりと言葉にしない”のも、良かったと思います。

 「目は口ほどにモノを言う」ではないですが、ヒロインの表情、男の表情、そして作品全体を包むしっとりとした雰囲気が、二人の関係性、それぞれが持つ葛藤を「台詞」というもの以上に雄弁に語っていたと思います。
 そのあたり、ソフィア・コッポラの作品に似ているようにも感じました。

 言えばいい・・・というものでもない。
 「映画」というものならではの語り方であったと思います。

 また、第三の登場人物である言語障害の青年の存在も素晴らしかったと思います。
彼は、時に男から、時にヒロインから、それぞれの胸の内を聞かされます。
 しかし言葉を発せないので、助言するわけでなく、非難するわけで無く、唯聞くだけ。
 彼の存在は、スクリーンの中で起こっていることに一切介入できない、映画を観に来ている”観客”に似ていると思います。

 それでもやはり、彼はスクリーンの中の存在。
 彼は、主人公達に「何か」をすることができる。

 「あなたは私たち観客の代わりに、彼らに何をしてあげるの?」

 カップルの行く末と、青年の行動。
 最後までドキドキできた作品でした。


●『FALLING』 - 映画は”編集”の芸術

 多分、『僕らのミライへ逆回転』の劇中で、主人公達が撮影していた自主制作映画は、こういう作品であっただろうなぁと思います。
 監督のやりたい事が伝わってくる作品は、僕は大好きです。

 あとヴァンパイアとか好きですので。

 ヴァンパイアっぽい要素である月、血、十字架は勿論、細かいところで犬の鳴き声をしっかり登場させたり、本屋でオカルトブックを漁るシーンは笑いを誘いました。
(しかしあの本で、どんな知識を得たのか、ぜひとも知りたいところではありますね)
 中でも一番良かったのは、ベッドの上を鎖が這うシーン。
 「あぁ、こういうのやりたかったのだろうなぁ」というのが、わかりすぎるくらい伝わってきました。


 ラスト、「子供は死なないだろう」という最近のジンクスを破ってきたあたりもいいです。
 ボリス・カーロフの『フランケンシュタイン』みたいで。 
 「いいです」とは、若干人間性を疑われる発言かもしれませんが。

 でも”怪物”の前では、子供も大人も関係ない。
 当たり前かもしれませんが、そんなことに気付かされました。 

 この作品で一番拍手を送りたくなったシーンは、ヴァンパイア化したアベコが、歩道橋から飛び降りるシーンでした。

 歩道橋から飛び降りようとするモーションを捉え、
 落下中のポーズを捉え、
 着地した足を捉える。

 実際に飛び降りているわけではありませんが、これらの3カットをうまくつなげると、本当に飛び降りているように見えてしまう。
 映画が編集の芸術と言われるのはそういうところで、”工夫”次第で、監督の意図する映像をいくらでも撮ることができる。CGに頼らなくても。

 『弐のうそ』で上映された三作品の中では、ヴァンパイアを題材としているだけにかなり異色な作品であったとは思いますが、限られた条件の中で、自分のやりたい事をやるにはどうしたらいいのか・・・という監督の工夫が随所に見られ、とても好感が持てました。
 映画作りとは、全てはそこから始まるのだと思います。
 多分。
 自分で作ったことは無いけれど。多分そう。

 1,2世代くらい前の作品を観ているようで、それも楽しめました。
 意図したのかしていないのか・・・?


 ●『愚か者は誰だ』 - 要素と構成の美事さ

 野村宏伸の呆けた表情の後に『愚か者は誰だ』と、バーンと登場させるラストは、昨年公開された『スペル』を彷彿とさせました。
 これまで語ってきた約30分が、この一瞬で全て繋がる様は快感でした。

 この作品で描きたいことは何か。
 どうやってオトせば、絶大なインパクトをもって、それを観客に伝えられるか。
 そしてそれを、”映画として”どうやって表現するか。
 きっと試行錯誤したのだろうと思います。

 またそのオチを裏付ける役者さんも美事でした。

 「出演各人に様々な人間の性質を浮き彫りにする」
 と舞台挨拶で言っておられましたが、ズバリなキャスティングで、特にヒロインが絶妙でした。
 特別美人というわけではないですが(かなり失礼)、男を虜にしてしまう女性、いますよね。
 あんな状況に立たされたら、抗えるかなぁ、僕。
 動くと魅力的に見える、これぞ女優。という感じで、良かったです。

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 以下、映画祭の総括。
 といっても全作品を観たわけではありませんが、そこはご了承ください。
  

 男の作品と女性の作品は、ストーリー云々より前に、人物像の描き方がやはり違うと思いました。

 ロマンス映画なんてその最たるもので、男性が描くロマンスは”ロマンティック”という言葉がよく似合います。ある意味女性を神聖化している面もあるかもしれません。
 しかし女性監督のロマンスに登場するヒロインは、等身大な人物に見えてきます。

 また、『愚か者は誰だ』で出てくる「一人の男に一人の女って、誰が決めたのよ?」という台詞は、女性監督でないと出てこないと思います。
 男と言うのは、独占欲が強い生き物ですからね。


 さて、この映画祭に顔を出すのは初めてとなるわけですが、若手”女性”監督の作品を集めるというのは面白い試みだと思います。


 最近は、僕の大好きなソフィア・コッポラ、素敵な時間を提供してくれるナンシー・マイヤーズ、そしてアカデミー賞で史上初の女性監督賞受賞を果たした『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー等、女性監督の活躍も目が離せないものとなってきましたしね。

 この映画祭に作品を寄せた監督(もちろんスタッフも)の、今後の活躍には目が離せません!


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 終わりに。

 『Bar NOI』で加藤監督に誘われるまで存在を知らなかったこの映画祭ですが、誘われるまま恐る恐る行って見ると、他の映画祭では味わえないであろう体験をさせてもらえました。

 感謝感謝です。
 加藤監督、ありがとうございます。